第22話 魔王に続いて異世界からの侵入者までやってきて私の平穏が終わりました
外で響いた金属音が耳の奥に残っているような気がして、私はカーテンの隙間からそっと外をのぞいた。
……何もいない。
ただ、冬の風が街灯の明かりをかすかにゆらしているだけ。
「気のせい……かな」
呟いた私の横で、あっくんの気配がわずかに変わった。
「みのり。離れていろ」
その言葉と同時に、あっくんは窓に近づき、じっと外を見据える。
金色の瞳が、暗闇の一点を射抜くように細められている。
「……あっくん?」
「いや。“何もいない”のではない。“いるが、見えぬ”だけだ」
ぞくり、と背筋が震えた。
その瞬間――。
コン、コン。
玄関の扉が、控えめに叩かれた。
私は思わず悲鳴を上げかける。
が、あっくんはまるでそうなることが分かっていたかのように、私の前へ一歩出た。
「下がっていろ。決して扉に近づくな」
低い声。
魔王の威圧。
空気が震えたように感じる。
コン、ともう一度ノック。
そして――。
「……アークロン様。そこにいらっしゃるのでしょう?」
若い、澄んだ声だった。
けれど、玄関越しなのに妙にはっきりと耳に届く。
私はあっくんの背中を見る。
彼の肩がほんのわずかに強張った。
「この声……まさか……」
自分に言い聞かせるように、あっくんが息を吐く。
「ルカルド・アーヴァイン。余を追ってきたか」
名前を口にした途端、空気がピンと張りつめた。
あっくんは扉へ歩み寄り、鍵に手をかける。
「みのり。驚くなよ」
「え、ちょっ――!」
カチャリ、と鍵が開いた。
扉が静かに開く。
その向こうに立っていたのは――まるで絵本から出てきたみたいな、美しい青年だった。
金髪のマッシュ。
薄い水色の瞳。
背はあっくんより小柄で、すらりとした身体。
そして何より――
彼の頭には、あっくんと同じ形の黒い角が生えていた。
「アークロン様……っ!」
青年はあっくんを見るなり、胸に手を当て深く頭を下げた。
「無事で……ほんとうに、よかった……!」
その声は震えていて、本気で心配していたことが分かる。
私は思わず口を開いた。
「え、えっと……この人が……?」
青年の視線が私へ移る。
その瞬間――。
バッ!!
と、彼が一歩飛び退いた。
「人間の女!? な、なぜアークロン様の側にっ!?」
「落ち着け、ルカルド。みのりは敵ではない」
あっくんの声は青年には届かず、完全に取り乱していた。
「で、ですがアークロン様! まさか囚われているのでは!? こんな、魔力の薄い世界で人間などに囲まれて……!」
「囚われてなどおらぬ! 余の意思でここに滞在している!」
なだめるような声ではなく、堂々とした宣言だった。
青年――ルカルドは目を丸くし、次に私を信じられないものを見るような目で見つめる。
「アークロン様の意思で……? え、え……?」
そして、ぽつりと震える声で言った。
「では……そ、その人間……アークロン様の……つ、妻……?」
「ちがあぁぁう!!」
私は叫んだ。
隣であっくんがこほん、と控えめに咳払いをした。
「みのりは妻ではない。だが……大切な存在だ」
「大切!?」
ルカルドの視線が刺さる勢いで私に突き刺さる。
私は顔が一瞬で爆発しそうに熱くなった。
「ちょ、ちょっとあっくん!? そういう言い方は……!」
「事実だろう?」
「事実でも言い方が……!」
動揺する私。
混乱するルカルド。
平然としているあっくん。
三者三様である。
ルカルドはしばらく固まっていたが、やがて深刻な顔で言った。
「……アークロン様。帰還の準備をいたしましょう。転移陣を展開いたしますので――」
ぱちん。
指を鳴らしたが、何も起きない。
「……え?」
ルカルドは一度瞬きをし、もう一度ぱちん。
……何も起きない。
「……あ、あれ? 転移陣が……」
私は小声でつぶやいた。
「魔力が……この世界ではほとんど働かないって、あっくんが」
「……」
ルカルドがゆっくり、ぎぎぎ……という動きであっくんを見る。
「アークロン様……! 魔力障害のある世界だなんて聞いてません! 僕、帰り方分からないんですけど!!」
あっくんは深くため息をついた。
「……だから言っただろう。落ち着けと」
「落ち着けませんよぉぉぉ!!」
青年の叫びがアパート中に響きわたった。
こうして――
魔王の最強の部下が家に転がり込む新たな騒動が幕を開けた。
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