第20話 魔王が感じた“揺らぎ”と、二人だけの夜明け
夜中にふと目が覚めた。あっくんの気配がしない。いつもならソファか布団の上で、私より静かに呼吸しているのに。
キッチンにもいない。洗面所にも。
ベランダに出ると、冷たい空気が一気に頬を刺した。
そこにいた。
あっくんは欄干にもたれ、街の灯りを見下ろしていた。背中から、いつもより濃くて重たい“気配”が漂っている気がした。魔力……というか、空気の震えみたいなもの。
「眠れないの?」
声をかけると、あっくんはゆっくり振り返る。
「……うむ。妙な揺らぎを感じたのだ」
「揺らぎ?」
「魔力の痕跡に似ている。だが、余ではない。余以外の、強い存在の……呼ぶ声のようなものだ」
その言葉に、胸がざわつく。
でも私は何も知らないように装った。だって、あっくんは“魔王”だと自分から言ってるけど、私はまだどこか現実味が持てていない。……いや、信じてきてしまっているのかもしれない。
「怖い感じ?」
「……違う。ただ、眠れぬだけだ」
そう言うと、あっくんは私の隣に立つ。私より頭ひとつ以上高い。肌に触れた冬の風に、彼の黒髪が揺れた。
ビルの合間から、ゆっくりと東の空が明るくなっていく。
「朝焼け……もうすぐ始まるね」
「うむ。この世界の夜明けは静かだな」
少しだけ笑った横顔。
いつもより柔らかく見えた。
「異世界にも夜明けってあるの?」
「当然だ。だが……誰かと並んで見るのは初めてだ」
その一言が、胸にまっすぐ落ちてくる。
私なんてただの普通の人間なのに、あっくんの隣に立って、夜明けを一緒に見ている。そんなだけで、心臓がほんの少し痛い。
「……ねえ。揺らぎって、危ないもの?」
「わからぬ。だが、こちらへ向かっているのは確かだ」
あっくんは空を見上げた。その横顔は、いつもより魔王らしく見えた。凛として、どこか遠い。
「みのり。もし余のもとへ“何か”が来ても、恐れるな」
「……私、そんな簡単に怖がらないよ。あっくんがそばにいるし」
言った瞬間、自分で照れてしまう。
でも、あっくんは目を瞬かせて、ゆっくりと笑った。
「そうか。……ならば余は、お前を守ろう」
東の空が、オレンジ色に染まり始める。
世界が新しい色に変わっていく。その光があっくんの輪郭を照らし、まるで本当に別の世界の王みたいに見えた。
「綺麗だね」
「うむ。みのりの世界にも、美しい朝があるのだな」
その言葉に、胸の奥で何かがふわっと広がる。
この穏やかな時間が、ずっと続けばいいのに。
そんなことを願った瞬間――また微かな“揺らぎ”が、風に紛れて震えた気がした。
たぶん、これが嵐の前触れだと直感した。
でも私は隣に立つあっくんを見て、ひとつだけ確信する。
どんな朝が来ても、この人とならきっと乗り越えられる。




