第18話 みのり、弱る
朝から少し喉が痛かったのに無理して仕事へ行ったせいだろう。お昼をすぎたあたりから悪寒を感じるようになり、定時と同時に帰宅することにした。
「ただいま……」
こたつの前で本を読んでいたあっくんが、すぐに顔を上げる。
「みのり、どうした。顔色が悪いぞ」
「たぶん、風邪……かな……」
ふらついたみのりを、あっくんは慣れた手つきでそっと支えた。その手は人間より少し温かく、触れられると不安が溶けていくようだった。
「横になるといい」
「ごめん……あっくんも病み上がりなのに」
「今度は余が看病する番だ。黙って休め」
あっくんは手際よく布団をかけ、冷えたタオルを用意し、水を飲ませる。
「ハチミツ湯を作る。喉に良いと読んだ」
「……ありがとう」
みのりがうつらうつらしていると、ぴんぽーん、と玄関のチャイムが鳴った。
「誰だ?」
「たぶん……同僚の絵莉だと思う……心配で来たのかも……」
「余が出る。お前は横になっていろ」
あっくんがすっと立ち上がると、玄関の扉を開けた。
「こんばんはー……って、うわっ!? え、誰!?」
絵莉は袋を抱えたまま、一歩後ずさる。
見上げても見上げても視線の先に胸板、さらに上に銀髪ポニーテールの大男。
状況を理解する前に、言葉が口をついた。
「でっか……! ていうか誰!? 強盗!? 違う!? なにそのサイズ感!」
「余はあっくんだが」
「えっ……あっくん!? あの、みのりと同棲してるあっくん!? 聞いてたのと違いすぎる!!」
「何が違う」
「全部!!」
絵莉の叫びが廊下に響く。
あっくんは困惑して一瞬だけ目を瞬かせた後、静かに扉を開ききった。
「みのりが風邪だと言っていた。入るがいい」
「……いや、落ち着きすぎでしょ……え、マジで彼氏? でっか……」
そんなやり取りが聞こえてきて、みのりは布団から顔だけ出した。
「絵莉……声でかい……頭に響く……」
「みのり! ごめん!! って、あ、みのり本当に顔真っ赤じゃん……」
絵莉は慌てて駆け寄り、袋を差し出す。
「はい差し入れ! ゼリーと、のど飴と、スポドリと、あとこれ、みのりが好きなプリン! 食べられたらでいいから」
「ありがと……」
そこへ、あっくんが温めていたハチミツ湯をそっと差し出した。
「みのり、喉に良いと言われるものだ。ゆっくり飲め」
「わっ、優しい! え、なにこのギャップ!? 外見は海外プロレスラーなのに!」
「絵莉……うるさい……」
「ごめん、ごめんって……でも……みのり、珍しくいい人と住んでるんだね」
絵莉が小さく笑うと、みのりは照れたように布団に半分潜り込む。
「珍しくは余計だよ……」
「さて! ちょっと顔見て安心したし私はおいとましようかな。それに……」
絵莉は二人を見比べて、にやりと笑った。
「これは、邪魔できない空気だわ」
「絵莉っ……!」
「はいはい、照れるな照れるな。明日の朝、また様子見に来るから。ちゃんと休むんだよ?」
そう言って絵莉は荷物を持ち、出口へ向かう。
玄関で靴を履きながら、一度だけ振り返った。
「……あっくん。みのりのこと、よろしくね」
「任された」
絵莉はそれを聞いて、安心したように微笑んで帰っていった。
扉が閉まると、部屋はしんと静かになる。
ふらふらする頭のまま、みのりはあっくんの背中を見つめた。
「……絵莉、あっくん見て驚いてなかった?」
「大きさには驚いていたが、問題ない。余はお前を害するものではない。彼女もそれを理解したようだ」
「……そっか……なら、よかった……」
安心すると同時に、疲れが一気に押し寄せる。
あっくんがそっと毛布を引き寄せ、みのりの頬に落ちた髪を指でよけた。
「みのり。眠れ」
「……うん……」
まぶたが落ち、意識が遠のく。
最後に聞こえたのは、いつもより少しだけ優しい声だった。
「早く良くなれ。余は……お前が元気でないと落ち着かぬ」
その言葉は、微熱の夜にそっと溶けていった。




