第17話 魔王、弱る
朝、私はいつもより少し早く目を覚ました。リビングに向かうと、こたつの端であっくんが横になっている。いつもなら大柄な体格のくせに妙に綺麗に正座していたりするのに、今日は動かない。
「あっくん? 起きてる?」
肩に触れた瞬間、私は息をのんだ。あっくんの額が、信じられないほど熱かったのだ。
「えっ……ちょっと待って、熱あるじゃん! あっくん?」
「……みのりか。すまぬ……少し、眩暈がしてな……」
声も弱々しい。私の胸がぎゅっと掴まれる。
「角、引っ込めっぱなしだったせい……?」
「この世界は魔力が薄い。抑え続けるのは……想像以上に、疲労するようでな……」
あっくんは言い終えると、また静かに目を閉じてしまった。
私は慌ててスマホを握りしめる。病院? でも魔王を連れて行ったら絶対大騒ぎになる!
とりあえず、風邪のときといったら――
「お粥なら……なんとかなる、はず!」
私は急いでキッチンに立ち、鍋に米と水を入れて火にかけた。
――が、数分後。
「んん!? なんか焦げくさい!」
慌ててふたを開ければ、鍋の底がほんのり茶色に……。
「うそでしょ私……お粥で焦がすってある!?」
とはいえ、しっかり混ぜれば上のほうはまだ白い。見た目は……まあ、ギリギリ粥。
そんなことをしているうちに、あっくんがゆっくりと身を起こした。
「みのり……何やら良い香りが……いや、これは……香ばしい香り?」
「ご、ごめん。ちょっと焦がしちゃって……」
私は半泣きになりながらお椀を差し出す。
するとあっくんは、弱った顔のままでもふっと優しく微笑んだ。
「みのりが作ったものなら……余にとっては美味である」
あっくんはゆっくり一口食べた。
「……うむ。焦げの風味が香ばしいな」
「それ絶対フォローでしょ!」
けれど、全部食べてくれた。
それだけで私は少し泣きそうだった。
その日から、私は決意した。
「よし……絶対、次は焦がさない!」
翌日。
仕事から帰ってエプロンをつけ、またお粥づくり。火加減に神経を尖らせる。
「今日は……いけた! はず!」
あっくんはまだ布団で横になっていたが、匂いに気づいて顔を上げた。
「今日の粥は……香りが澄んでおるな」
「でしょ!? 今日のは焦げてないはず!」
あっくんは一口食べ、満足そうに頷いた。
「昨日よりも柔らかく、温かい……優しい味だ」
「そ、それは……ありがとう……」
それからしばらく、我が家の食卓は毎晩お粥だった。
鍋の焦げは日ごとに減り、私の火加減の感覚も冴えてきた。
数日後。
いつものこたつに座るあっくんは、すっかり顔色を取り戻していた。
「みのり。余はもう大丈夫だ。お前の粥は……余の魔力よりも癒しの力がある」
「大げさだよ……でも、よかった。本当に」
私はほっと息をつきながら、湯気の立つ粥をすくった。
まだまだ下手だけど、誰かのために作る味は、不思議とあったかい。
魔王の角が完全に戻るまで、我が家のお粥生活はもうしばらく続くのだろう。
――でもそれも悪くない、なんて思ってしまったのは、きっと私だけじゃなかった。




