第16話 魔王、空間転移の本は見つからず料理本で力を発揮する
休日の朝。
私は少しでも“現実”を見ようと決めて、あっくんを図書館へ連れ出した。
魔王が元いた世界に帰る方法を探るため。
……いや、正直に言えば、これ以上気持ちが揺らぐ前に距離を置く理由が欲しかったのかもしれない。
図書館は家族連れや学生で静かに賑わっていて、二〇〇センチを超えるあっくんは完全に浮いていた。
「みのり。ここの“魔法理論”の棚には何もないぞ」
「そりゃあ……日本の図書館だもん。魔法書は置いてないよ……」
ため息まじりに棚を移動してみるけれど、どこにも空間転移の文字はない。
ファンタジー小説のコーナーにはたくさんあるのに、どれも“物語”であって本物ではなかった。
「みのり、こっちはどうだ」
「そこ料理本のコーナーだよ」
言いながら振り返ると、あっくんは真剣そのものの顔でレシピ本を開いていた。
ページには“ふわとろオムレツの作り方”。
魔王とは思えないほど熱心に読み込んでいる。
「ねぇ、あっくん……魔法の本探しに来たんだよ?」
「ふむ……しかし、この“火加減”という技術は奥深いな」
「聞いて!?」
注意してもまったく耳に入っていない。
もう空間転移どころじゃない。完全に料理の世界に旅立っていた。
結局、成果ゼロのまま図書館をあとにした。
帰り道、あっくんは袋を提げていた。
図書館帰りに立ち寄ったスーパーで買い物したらしい。
「みのり。夕飯は余に任せよ」
「あっくん、図書館で料理本読んでただけなのにそんな自信あるの……?」
「本は良い。知識がそのまま力になるからな」
帰宅すると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
あっくんは本で見た通り、いや本以上の完成度で料理を作り上げていく。
「できたぞ、みのり」
テーブルに並んだのは、ふわとろのオムレツ、コンソメの香りが立つスープ、彩り豊かな野菜のソテー。
ひと口食べた瞬間、思わず声が漏れた。
「……お、おいしい……! 何これ、レストラン?」
「当然だ。余は魔力こそ失ったが、集中力は健在だ」
得意げに腕を組む魔王。
図書館では魔法の本はひとつも見つからなかったけれど、代わりに“最強の家庭料理スキル”を持ち帰ってきたらしい。
――元の世界に帰る方法は分からないままだけど。
こんな夕食を食べてしまったら、ますます気持ちが揺れそうで困る。




