第14話 忠告
給湯室の静けさの中、みのりは紙コップに落ちていくコーヒーの黒い滴をぼんやりと見つめていた。
さっきまで胸の奥で渦を巻いていた“何か”を思い返し、思わず頭を振る。
「……いやいや、現実見なよ私」
ぽつりと独り言がこぼれる。
――あっくんの大きな影。
――まっすぐ向けられた、あの金色の瞳。
それらを思い出すたび、胸がきゅっとなる。
「いやいやいや、だから現実見ろって……!」
自分で自分につっこみながら、みのりは両頬を軽く叩いた。
仮にもし、もしも、あっくんと結ばれたとしても……
元の世界に戻る方法が見つかれば、彼は帰ってしまう。
そのときは、当然お別れになる。
――そもそも異世界の魔王と恋愛って何?
――現実的じゃなさすぎるにもほどがある。
目鼻立ちがはっきりしてて、正直容姿がとても整っているのは認めざるを得ない。
穏やかで誠実だし、気遣いもできるし、めちゃくちゃ優しい。
そんな存在とひとつ屋根の下で暮らしていたら、そりゃ勘違いも起こる。
でも、浮かれてる場合じゃない。
恋愛に関して男を見る目がないのは、身に染みて理解している。
そんなときだった。
「みのり、どした? 顔死んでるけど」
ぱたり、と給湯室の扉が開き倉田絵莉が入ってきた。
グレージュのボブヘアが揺れ、メリハリのある体つきに清潔感のあるスーツがよく映える。
表情はクールなのに、声だけは友達思いのお姉ちゃんみたいに温かい。
「え、あ、いや……ちょっとね」
「どうせロクでもないこと考えてたんでしょ。言ってみ」
逃げ場を塞がれるように、みのりの横に立つ絵莉。
その圧に負け、みのりは魔王の部分を全力で伏せながら現状をざっくり説明した。
「……で、まあ、突然だったし困ってるっていうか……今一緒に住んでるっていうか……」
「へぇ……あんたが見知らん男と同居ねぇ。珍しいじゃん」
「う……まあ……その……」
「……みのり」
絵莉は目を細め、ぐいっと顔を近づけた。
「アンタ、男見る目ないんだから気をつけなさいよ。マジで」
「う……はい……」
「別に恋愛すんなとは言わないけどさ。自分のこと守れるのは自分だけだからね」
バシッと肩を叩かれ、みのりはぐらりと傾いた。
その言葉が、じわりと胸にしみる。
――そう。
だから、揺れちゃダメなんだ。
カップに注がれたコーヒーの香りが、ほんの少しだけ苦く感じた。




