第12話 母、来たる②
母が提案した夕食は、みのりのアパートの近くにある庶民的な定食屋だった。外食としては控えめな金額だが、母からの「今日はあたしが奢るけんね!」という力強い宣言に、みのりは断れなかった。
「ここがよかと思ってね〜。アツシさん、お肉好きっち言いよったやろ?」
席につくなり、母はメニューをどんと差し出した。
あっくんは目を輝かせている。
「余は……この『特盛スタミナ豚焼き定食』というものが気になる」
「それ、大盛りの上のさらに特盛だからね……食べきれなかったら無理しないでよ?」
みのりの心配をよそに、あっくんは堂々とうなずく。
「問題ない。余の胃袋は異世界より持ち越されている。戦場で鍛えたからな」
そして、料理が運ばれてくると母はあっくんの食べっぷりを目を丸くして見つめた。
「うわ〜……気持ちよか食べ方するねぇ! 見とってスカッとするばい!」
「うむ。これはうまいな。みのり、この肉は何の魔獣だ?」
「魔獣じゃなくて豚……普通の豚……」
周囲の客がちらりと見る中、母は大爆笑していた。
「可愛かぁ〜! ほんと可愛かねぇ! こんな純粋な子、滅多におらんよ!」
みのりは恥ずかしさで顔を覆いたくなる。
食事がひと段落すると、母は急に真面目な表情になった。
「アツシさん。みのりのこと、どう思っとると?」
「お、お母さん!?」
「余は……みのりを尊敬している。強く、優しく、時に不器用で……余の知らぬ世界で懸命に生きている」
静かな声なのに、すっと胸に響く。
「それでよか……それで十分よ」
母は涙ぐみ、みのりは完全に固まった。
(なんで泣くの!? 全然そういう関係じゃないのに……!)
しかし、母の暴走は止まらない。
「アツシさん、もしよかったらね……」
「やめて! お母さん! その先は絶対ダメ!」
母はにやりと笑った。
「よかやん……娘が大事にされとると見るの、母ちゃん嬉しかとよ」
みのりは顔を真っ赤にし、下を向く。
一方のあっくんは、ふとみのりを見つめて小さく呟いた。
「余も……大事にしたいと思っている」
その言葉に、みのりの心臓は跳ねた。
だが母はそれ以上の勢いで畳みかける。
「よ〜し、二人とも! 一回くらい実家来んね? 父ちゃんにも紹介したか〜!」
「行かん!!」
「余は構わぬが……」
「構わないで!!」
店内に響き渡るみのりの全力の制止。
周囲からクスクスと笑いが漏れた。
会計を済ませ、外へ出ると夜風が頬に心地よかった。
「今日は楽しかったねぇ。アツシさん、また来てもよか?」
「もちろんだ」
「よくない!!」
タクシーに乗り込んだ母は、手を振りながら帰っていった。
「みのり〜! アツシさん、絶対離したらいかんよ〜!」
タクシーが遠ざかると、みのりはその場にへなへなとしゃがみこんだ。
「どっと疲れた……」
「みのりの母上は、良き人だな。余は好ましく思ったぞ」
「……そりゃよかったね……」
みのりは暗い空を見上げ、深くため息をつく。
(どうしてこうなるのよ……!)
――だけど、隣にいるあっくんを見上げたとき、なぜだか心がふわりと軽くなるのをみのりは認めざるをえなかった。




