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異世界魔王とOLの日常が想像以上にドタバタで困る  作者: 白月つむぎ


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第118話 終焉の先の戴冠――魔王と王妃、世界で一番騒がしい愛の契約

 光の粒子が初夏の陽光に溶け込み、荒れ狂っていた海は嘘のように穏やかな群青を取り戻した。


 巨体から元の愛くるしい姿に戻ったタヌロフが、「受付の恨み、きっちり晴らしたぬ……」と満足げに鼻を鳴らして倒れ込む。


 静寂が戻ったチャペルの跡地。崩れた壁から差し込む光の中で、あっくんはみのりを抱き寄せた。


「あっくん、本当によかった……もう、死ぬかと思ったんだから」


「馬鹿を言うな。余が、みのりより先に果てることなど万に一つもない」


 あっくんは、血を拭った手でみのりの左手を包み込む。

 指輪は傷一つなく、変わらぬ輝きを放っていた。


 そこへ、避難していた来賓たちが、扉を蹴破らんばかりの勢いで戻ってきた。


「アツシさーーーん! 無事ね!? よかったぁ、あんまり遅かけん、母ちゃんが乗り込んで三枚おろしにするところやったばい!」


「みのり、アツシくん……本当によかったねぇ……おや、店長さんが腰を抜かしているよ」


 母の咆哮に父の穏やかな声が重なり、緊迫していた空気は一瞬でお茶の間のような賑やかさに塗り替えられた。

 ルカくんとリュカくんも、ボロボロになりながらも顔を見合わせて笑っている。


「……さて。儀式の続きをせねばならんな」


 あっくんは、呆然と立ち尽くす神父の前に再び歩み寄った。


 神父は震える手で聖書を持ち直し「……え、ええ。では……誓いの、キスを」と、枯れた声で告げる。


 あっくんは、迷いなくみのりのベールを上げた。

 背景は崩れた壁と破壊されたベンチ。

 けれど、差し込む光を背負った二人の姿は、どんな大聖堂で交わされる儀式よりも神々しかった。


「みのり――余のすべてを、貴女に預ける」


 重なる唇。


 母の「よっしゃあああ! 三分間たい!!」という絶叫に近い声援と、店長たちの拍手、そしてルカくんたちが放った祝福の魔法の花火が、六月の空を彩った。


 ◇


 数時間後。

 海を見渡すテラスには、潮風に乗って香ばしい料理の匂いが漂っていた。


 ボロボロだったはずの式場は、ルカくんの魔法によって「アンティーク調の、あえて崩した装飾のガーデンパーティ会場」へと完璧に偽装されている。


「……アークロン様、記憶の改竄、完了いたしました」


 ルカくんが、そっとあっくんの隣で報告する。

 先ほどまで腰を抜かしていた店長や神父さんは、いまや満面の笑みでビールを煽っていた。


 彼らの記憶の中では、巨大な海蛇は「演出用のド派手な最新ホログラムと花火」に、チャペルの崩落は「サプライズの会場リニューアル演出」として上書きされている。


「凄かったねぇ、アツシくん! まさか式場の壁があんな風に開いて、あんな大きな『サメの風船』が出てくるなんて、最近の結婚式は度肝を抜くねぇ!」


「本当よぉ、みのりちゃん! あの茶髪の助っ人リオルさんも、俳優さんかと思ったわ!」


 親戚たちが、記憶の中で都合よく変換された「最高に派手な演出」を絶賛している。


「すごかったわね、みのり! あのホログラム、本物かと思ったわよ!」


 絵莉が、シャンパングラスを片手にみのりの肩を抱いた。


「まさかあっくんがあんな派手なこと考えるなんてね。やるじゃない!」


「もう、絵莉……心臓に悪い演出だったでしょ?」


 みのりが苦笑いすると、真帆さんも穏やかに微笑みながら歩み寄ってきた。


「でも、本当に素敵だったわ。みのりちゃんのウェディングドレス姿、あの光の演出の中で透き通るように綺麗で……私、少し涙が出ちゃった」


 二人は事情を知っているからこそ、あの戦いがどれほど過酷だったかを察しつつも、親友として最高の笑顔で祝福してくれた。


 父と母も、すべてを理解した上で、いつものようにのんびりと、あるいは豪快に笑っていた。


「アツシさん、本当によか演出やったばい! 九州の親戚に見せられんかったのが残念でならんねぇ!」


「はは、お母さん、写真はルカくんが撮ってくれているから、後で見せればいいよ」


 あっくんは「……うむ。余の……いや、アツシの渾身の企画だ」と、苦笑いしながらも魔王の威厳を保っている。


 ふと、みのりはあっくんの隣に座り、穏やかな海を見つめた。

 左手の薬指には、戦いを乗り越えてさらに輝きを増した指輪。


「……よかった。みんな、幸せそうで」


「当然だ。余の王妃の披露宴に、不機嫌な者など一人もいさせぬ。ルカ、酒だ。店長とやらのグラスを空にするな」


 タヌロフは「受付で追い返された恨み」もどこへやら、豪華なビュッフェの肉を頬張り、リュカくんは平和を噛み締めるように美しい歌声を響かせている。


 魔王と人間。異世界と現代。


 法律や戸籍、種族の壁……。


 これから先も、難題は山積みだろう。


 けれど、目の前で笑っているパワフルな両親と、そして何より、隣で不器用に自分を愛してくれるこの魔王がいれば。


(……きっと、全部なんとかなるよね)


「みのり、いつまで海を見ている――余の隣にいろ。永遠に、だ」


「うん。世界一幸せな王妃様にしてね、魔王様!」


 再度、空にルカくんが放った「魔法の花火」が打ち上がる。


 それは、世界で一番騒がしくて、世界で一番幸せな、新しい家族の門出を祝う光だった。


 笑い声が潮騒に溶けていく。

 魔王アークロンと、その王妃みのり。

 二人の物語は、ここから永遠に続く――最高に騒がしくて幸せな日常へと続いていくのだった。

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