第114話 急転の軍議と嵐の再来――東京湾に迫り来る巨大な影③
「……ねぇ、アツシさん! 今のが、あの『ラスボス』っちもんやろ!? ついに倒したとね!? 」
「えっ? あ、いや……それは……」
あっくんが言葉に詰まるのを余所に、母の妄想は光の速さで加速していく。
「ラスボスば倒したなら、次はエンディングたい! みのり、アツシさん! 今からすぐ式場予約しに行くばい! 九州の親戚一同に電話せんと!! 」
「ちょ、ちょっとお母さん! 待って、早すぎるから! まだ結婚とかそういう話じゃ……っ! 」
私が慌てて母の肩を掴んで止めるが、その勢いは止まらない。
「待たん! 母ちゃん、もう本当に少ししか待てんけんね! 来年には孫の顔ば見せてくれんと承知せんよ! 」
「もう、極端なんだから! お願い、もう少し待って……! 」
海岸沿いで激しい言い合いを繰り広げる母娘。
その時、父のスマホが震えた。
画面を確認した父の顔が、珍しく困ったように綻ぶ。
「……あぁ、母さん。今、隣の田中さんから連絡があったよ。うちの畑に猪が迷い込んで、納屋を突き破ったって」
「な、なんね!? あの大事な種芋ば置いとる納屋ね!? 父ちゃん、すぐ帰るばい! 猪ごとき、私がひねり潰してやるけん! 」
母は結婚式の相談もそこそこに、恐ろしい執念で帰路を決定した。
「みのり、アツシさん! 結婚の話はまた今度ね! 猪ば片付けたらまた来るけん!! 」
嵐は、来た時と同じ速度で九州へと去っていった。
◇
駅のホームで両親を見送り、アパートへ戻る道すがら。私は「ふぅ……」と大きく溜息を吐いた。
「ごめんね、あっくん。本当、嵐みたいで……」
「……みのり。少し、付き合え」
「えっ?」
あっくんはいつになく神妙で、威厳に満ちた表情をしていた。その真剣な眼差しに、首を傾げながらも私は頷く。
連れて行かれた先は、大通りに面した老舗のジュエリーショップだった。
「……えっ? あっくん、なんでここ……? 」
ショーケースの中で、指輪たちが眩い光を放っている。あっくんはそれを静かに見下ろした。
「みのり。今日が何の日か、覚えているか」
「え……十一月……あっ! もしかして……」
「そうだ。余がこの世界に降り立ち、みのりと出会った日だ」
あっくんは私の方を向き、両肩を大きな手で掴んだ。
店内の照明に照らされたその瞳は、どんな戦闘の時よりも強く、熱を帯びている。
「余は、母上殿のような『勢い』で物事を決める男ではない。だが、この一年……みのりの隣で過ごし、この世界の温さを知った。魔物の不穏な気配など、余の敵ではない……余が守ると決めたのは、この世界ではない。みのりだ」
あっくんはショーケース越しに店員を呼び、一つの指輪を指差した。
「余は、もう結婚してもいいと思っている。みのり、余の王妃として、永遠に隣にいろ」
「……え……? 」
あまりにも真っ直ぐで、不意打ちのような言葉。
水族館で感じた不穏な予感も、九州の嵐のような騒がしさも、すべてが遠のいていく。
十一月の冷たい空気の中。
ジュエリーショップの片隅で、魔王の誓いは静かに、けれど確かに、私の胸に刻まれた。




