第113話 急転の軍議と嵐の再来――東京湾に迫り来る巨大な影②
東京湾の沿岸部。
潮風がどす黒い魔力を孕んで荒れ狂う中、一行は現場へと到着した。
周囲は避難を急ぐ人々で混乱していたが、あっくんは即座にルカくんへ視線を送る。
「ルカ、やれ!」
「はい! 周囲の認識を阻害します!」
ルカくんが呪文を唱えると、一行を包む空間が微かに歪み、外側からはその姿が見えない「戦場」が完成した。
「あれか……」
あっくんの視線の先には、海面から突き出たビルほどもある巨大なサメがいた。
その周囲には、水族館で見かけたあの小さな魚の魔物たちが無数に渦巻き、巨体の傷を塞ぐように絶えず融合を繰り返している。
「アークロン様、僕が前面で魔力を引き受けます! リュカ、後方から援護を!」
「はい、兄さん……光の矢、放てっ!」
ルカくんが防壁を張り、リュカくんが魔力の矢を放つ。
あっくんは中央で漆黒の炎を纏い、巨躯へ向かって跳躍した。
三人の鮮やかな連携攻撃がサメを追い詰めていく。
「アツシさん、頑張らんば! そげんピチピチしとる魚に負けちゃダメばい!」
「アツシくん、落ち着いて。君なら勝てるよ!」
結界の端では、母がメガホンでも持っているかのような大声で応援し、お父様もにこやかに、けれど真剣な眼差しでエールを送っていた。
「たぬっ、たぬーっ! アークロン様、やっつけるたぬー!」
タヌロフも必死に短い足を振って応援する。
戦いは熾烈を極めた。
あっくんの放つ魔王の火炎がサメの皮膚を焼き、ボロボロに追い込む。
だが、サメも死に物狂いだった。
最後の力を振り絞り、あっくんが着地した一瞬の隙を突いて、標的を結界の端にいる母へと定めた。
「しまっ……! 母上殿、避けろ!!」
あっくんが叫ぶ。
巨大なサメが、牙を剥き出しにして母に向かって突っ込んでいく。
しかし、母は逃げるどころか、カッと目を見開いて仁王立ちになった。
「なんばしよっとねーーー!!!!?」
母は叫びざま、足元に落ちていた工事用の太い単管パイプをひっ掴むと、恐ろしい速度で振り抜いた。
ドゴォォォォン!!
鼓膜を震わせる衝撃音。
重厚な金属音がサメの眉間に直撃し、さらに運悪くそこは、あっくんが先ほど刻んだ魔力の亀裂の真っ只中だった。
母の「九州魂」が籠もった一撃は、ボロボロだったサメの核を完璧に粉砕した。
異形の巨躯は悲鳴を上げる間もなく霧霧となって消散し、東京湾に静寂が戻る。
「……みのりのお母上、やっぱり最強たぬ……」
タヌロフはその場にへたり込み、ガクガクと震えながら腰を抜かしていた。
「ふぅ。よか運動になったばい。ねぇ、父ちゃん」
「そうだねぇ。少し汗をかいちゃったかな」
単管パイプをポイと捨て、何事もなかったように髪を整える母。
あっくん、ルカくん、リュカくんの三人は、自分たちの出番を完全に奪った「人界最強の母」を前に、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。




