第112話 急転の軍議と嵐の再来――東京湾に迫り来る巨大な影①
その日、リビングは、朝食の和やかな空気とは無縁の緊張感に包まれていた。
テーブルの上にはルカが投影した魔力図が広がり、あっくんはその一点――先日、水族館の海で目撃した不穏な渦を指差した。
「ルカ、報告せよ。あの海域に集っていた雑魚どもの動向はどうなっている」
「はい、アークロン様。極めて不自然な収束を続けております。まるで、散らばった魔力の欠片が一つの巨大な核を形成しようとしているかのような……このまま放置すれば、この世界の軍事力では対応不能な規模に至るかと」
「……僕、昨夜あそこから聞こえる『声』を聞きました。何かを呼んでいるような、嫌な響きでした」
リュカが震える声で補足する。あっくんは不敵に唇を歪め、椅子から立ち上がった。
「小癪な。余の庭で好き勝手は許さぬ。ルカ、リュカ、即刻討伐の準備をせよ。これより東京湾へ――」
王が全軍に命を下そうとした、その刹那。
リビングに、けたたましい着信音が鳴り響いた。みのりのスマホだ。
「……あ、お母さん!? ……えっ!? 東京駅!? 今!?」
その場にいた全員の動きが止まる。
「みのり! 今からそっち行くけん、昼ご飯は豪華にせんでよかよ!」
「待って! 今日はダメ、急用が……っ、もう切れた……」
討伐の決意は、一本の電話によって脆くも崩れ去った。
◇
三十分後。みのりの部屋には、大きな旅行鞄を抱えた母と父が、台風のように現れた。
「元気しとったねぇ! ほらアツシさん、これ九州の明太子と芋焼酎たい! 食べんね!」
「アツシくん、また一段と顔が引き締まったね。いい男だ」
「む……うむ。父上、母上、遠路遥々……大儀である」
あっくんは討伐用の魔力を必死に抑え込み、偽名“アツシ”として、母から手渡された大量の土産物を抱え込んでいた。
しかし、そんな平和な(?)茶の間を切り裂いたのは、テレビから流れた緊急警告音だった。
『緊急ニュースです! 東京湾の海面に、体長五十メートルを超える巨大なサメのような生物が出現しました! 現在、沿岸部に避難勧告が出ています!』
画面には、荒れ狂う海面から姿を現した、どす黒い魔力を纏う異形の怪物。あっくんが懸念していた「集合体」が、ついに実体化したのだ。
「……始まったか」
あっくんが鋭い目でテレビを見据える。みのりは青ざめながら立ち上がった。
「お父さん、お母さん! 急に用事ができちゃって……二人はここで待ってて!」
「何ば言いよると! あんな恐ろしかバケモンが近くにおるとに、みのりを一人で行かせられるわけなかろうが!」
「そうだねぇ。アツシくんも行くんだろう? 父ちゃんたちも、みのりが心配だからついていくよ」
父の穏やかな、けれど一歩も引かない宣言。
「いや、危ないから! 今回は本当に危ないから!!」
「よかけん、はよ行くばい! ほらアツシさん、タクシーば捕まえんね!」
母に背中を押され、あっくんは困惑しながらもみのりと顔を見合わせた。
「ぐっ……もたもたしてはおれん! ルカ、リュカ、タヌロフ! 出陣だ!!」
あっくんの号令のもと、一同は崩れ落ちそうなみのりを引きずり、嵐の吹き荒れる屋外へと一斉に飛び出した。




