第10話 魔王同居、親バレする
仕事から帰ったばかりの私のスマホが震えた。
画面には「母」の文字。
「……はぁ。またか」
嫌な予感を覚えつつ通話ボタンを押すと、懐かしいけれど胃がきゅっとする声が飛び込んでくる。
「みのり、元気しとると? あんた、恋人はおらんとね? お隣の根本さんとこなんか、もう孫が生まれとるとよ。あんたは、いつあたしばおばあちゃんにしてくれると?」
「お母さん……仕事終わりにそれ言うのやめてよ……」
また始まった。
私は二年前に上京して以来、この手の“圧”を何度受けてきたことか。
付き合っていた元彼――借金、ギャンブル、嘘、仕事放棄。
あの破滅みたいな恋愛で心が擦り切れてから、私は恋愛というものに近づいていない。
そんな過去を知っているくせに、母は今日も容赦ない。
「みのり、ほんと肝心なとこが抜けとるけん。ちゃんと男の人とも……」
そのときだった。
「みのり。トリートメントが切れそうだ。悪いが、余の分を追加で用意しておいてくれ」
お風呂場から響く、低く響く声。
……やば。
「ん? 今の誰ね? 男の声やん! みのり、あんた……彼氏、おると?」
「ち、違っ……!」
「なんね、隠さんでもよかやん。ほら見てみい、ちゃんと男ば連れとるやん。よかったぁ……お母さん安心したぁ」
「ほんとに違うから!」
「もうよかよか。今度そっ子に挨拶しに行くけんね。日にち決めて連絡するばい」
「ちょ、待って、それは……!」
ぷつり。
通話は容赦なく切られた。
スマホを握りしめたまま、私はぐったりとソファに倒れ込む。
「…………まずいことになった」
天井を見上げると、じわじわと胃痛が襲ってきた。
まさか、魔王との同居を“彼氏ができた”と誤解されて、母が挨拶に来るなんて――。
よりにもよって、魔王と。
頭を抱えた私の横で、お風呂上がりのあっくんがタオルで髪を拭いて言う。
「みのり。余のトリートメントはどうなった?」
「…………あとで話すから」
返す声は、完全に魂が抜けていた。




