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異世界魔王とOLの日常が想像以上にドタバタで困る  作者: 白月つむぎ


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第106話 三人のショコラティエ――恋する乙女と見守る瞳

 二月の凍てつく寒さも、アパートの一室に集まった女性たちの熱気で、どこかへ追いやられていた。

 キッチンのカウンターには、製菓用のチョコレートや生クリームが所狭しと並んでいる。


「みのりちゃん、落ち着いて。砂糖と塩を間違えなければ、まずは第一関門突破よ」


 真帆が優しく、けれど少し心配そうにボウルの中身を覗き込む。

 隣では絵莉が、すでに失敗した一皿目を片付けていた。


「真帆さん、甘いわ。みのりはさっき、板チョコを銀紙ごと湯煎しようとしたんだから」


「ご、ごめんなさい! だって、あっくんにあげるって思ったら、手が震えちゃって……」


 みのりは顔を真っ赤にしながら、今度は慎重にチョコを刻んでいく。

 真帆はみのりの背中をトントンと叩き、安心させるように微笑んだ。


「大丈夫よ。心を込めて作ったものは、技術を超えて相手に届くもの……ね、絵莉ちゃん?」


「……まあ、そうね。私も、人のこと言える腕前じゃないし……そういえば、真帆さんはルカくんに何を作ったんですか?」


「私はこれよ」


 真帆が取り出したのは、完璧にテンパリングされた、宝石のように艶やかなボンボンショコラ。


「わぁ……! さすが真帆さん、プロみたい!」


「ふふ、ルカくんは細かいところに気づく子だから。でもね、みのりちゃん。あっくんが一番喜ぶのは、みのりちゃんが頑張って作った、その『不器用な形』そのものだと思うわよ」


 そんな真帆たちの励ましを受け、みのりは再び奮起した。


 ◇


 リビングでは、真帆からもらったチョコに感極まっているルカや、絵莉に泣いてしがみつこうとして怒られているリュカの賑やかな声が響いていた。


 そんな喧騒を抜け出し、みのりはあっくんを誘って静かな自室へと移動した。

 二人きりになった途端、部屋の空気はしっとりと重なり、みのりの心臓の音がうるさいほどに鳴り始める。


「……それで、みのり。余をここまで連れ出して、何をするつもりだ」


 あっくんが、少し低めの声で問いかける。彼はソファにゆったりと腰を下ろしたが、その視線はどこか期待を孕んでみのりを捉えていた。


「あのね、あっくん……これ、受け取って」


 みのりはおずおずと、可愛くラッピングされた小さな箱を差し出した。

 真帆や絵莉の完璧な仕上がりとは比べものにならない、少し不揃いで、一生懸命に粉糖で飾られた手作りのトリュフ。


「みのりが余のために用意した供物か」


「うん。ちょっと失敗しちゃったところもあるし、形も変だけど。でも、全部あっくんのことを思って作ったの……あ、あんまりじっと見ないで!」


 あっくんがまじまじと箱を見つめるので、みのりは恥ずかしさのあまり顔を伏せた。

 だが、あっくんの鋭い目は、箱を受け取ろうとした彼女の右手に止まった。


「……待て。みのり、その指はどうした」


「えっ? あ、これは……ちょっとチョコを溶かしてる時に、熱いのが飛んじゃって。大したことないよ」


 みのりが慌てて手を引っ込めようとしたが、それよりも早く、あっくんの大きな手が彼女の手首を掴んだ。そのまま、吸い寄せられるように引き寄せられる。


「……余のために、この軟弱な指を傷つけてまで用意したというのか」


 あっくんの瞳に、激しい独占欲と、それを上回るほどの慈しみが灯る。彼はみのりの指先を愛おしそうに見つめると、絆創膏の上から、熱を込めてそっと唇を寄せた。


「っ……、あっくん……」


「この供物は、世界中のどんな宝玉よりも輝いている……みのりの想い、確かに受け取ったぞ」


 あっくんはそのまま、みのりを逃がさないように抱き寄せると、彼女の目の前でトリュフを一つ、口に運んだ。

 少し硬い食感のあとに広がる、不器用なほどに真っ直ぐな甘さと、焦げのほろ苦さ。


「……お、美味しい?」


 至近距離で見つめられ、みのりの声が震える。あっくんは彼女の腰に手を回し、さらに深く自分の方へと引き寄せた。


「みのり……あちらの世界で数多の珍味を口にし、魔王として最高の贅を尽くしてきた余だが……断言しよう。この一粒は、この世の何よりも美味しい」


「えっ……! そんな、大げさだよ、あっくん。ただの、失敗しちゃったチョコなのに……」


 みのりが驚いて顔を上げると、そこにはいつもの尊大な魔王ではなく、心から満たされたような、穏やかで情熱的な瞳があった。


「大げさなものか。貴女が余を想い、その指を傷つけてまで生み出した味なのだ。余にとって、これ以上の贅沢などこの世界には存在せぬ」


 あっくんは、震えるみのりの頬を大きな手で包み込んだ。


「誰が作った高級な菓子も、もはや余の舌には砂も同然だ。みのり。余の生涯において、最も価値ある美味は、みのりが与えてくれるものだけだ」


 あっくんはそう囁くと、みのりの唇に残る甘い香りを確かめるように、静かに顔を近づけた。


 リビングから聞こえる仲間の笑い声さえ遠く感じるほど、二人の世界は甘く、濃密な熱に溶けていった。

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