表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界魔王とOLの日常が想像以上にドタバタで困る  作者: 白月つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/120

第101話 朝の頭痛と王の憤慨――二日酔いが生んだ初めての不協和音

 翌朝、リビングに足を踏み入れた瞬間、みのりは凍り付いた。


 あっくんが窓際で腕を組み、外を眺めている。その背中からは、かつて異世界を震え上がらせたであろう、重く鋭い圧プレッシャーが放たれていた。


「……起きたか」


 振り返ったあっくんの瞳は、これまでに見たことがないほど冷徹だった。


「あっくん、あの、おはよう……昨日は、その……」


「何だ? ……昨夜、店に迎えに行った余を差し置いて、みのりが隣のテーブルの男に縋り付き、抱きついた件か?」


 みのりの心臓が跳ねた。そうだ、断片的な記憶が繋がっていく。

 あっくんが迎えに来てくれた嬉しさで、視界が滲む中、黒い服を着た背の高い男を見つけて「あっくん!」と飛びついたのだ。

 だが、それは全く見ず知らずの、ただのサラリーマンだった。


「……あれは、その、あっくんだと思って! 背格好が似てたから、間違えちゃって……!」


「……間違えた、で済む問題ではない。余が目の前にいたというのに、みのりは他の男の腕の中に自ら飛び込んだ……余という存在がありながら、あのような無防備な姿を晒し、他者の体温を求めたのか?」


 あっくんの声は低く、地を這うように響く。

 それは単なる「不機嫌」ではなかった。みのりを誰よりも大切にし、独占したいと願う魔王としての、深い嫉妬とプライドの傷跡だった。


「違うの! 本当に、あっくんだと思ったからで……!」


「……今のみのりの言葉は、余の心に一向に響かぬ」


 あっくんは静かに視線を逸らした。いつもなら、言い訳をするみのりの頭を「次は気をつけよ」と撫でてくれるはずなのに、今はその指先一つ触れようとしない。


「……本当にごめんなさい……で、でも、そんなに冷たくしなくてもいいじゃない! 好きだから……間違えちゃったんだもの……」


「……好きだから、誰でも良いということか……失望したぞ、みのり」


 あっくんはそれだけ言い残すと、みのりの横をすり抜け、玄関へと向かった。


「……ちょっと、あっくん! どこ行くの!」


「……頭を冷やしてくる。みのりの顔を見ていると、余の中の魔力が抑えきれそうにない」


 バタン、と重い音を立ててドアが閉まる。

 一人残されたリビングで、みのりはソファに崩れ落ちた。二日酔いの頭痛と、胸の奥を締め付けるような寂しさが混ざり合い、視界がじわりと滲んでいく。


「……あっくん……」


 ◇


 あっくんは冷たい風の中、一人で街を歩きながら、胸の奥を焦がすような自己嫌悪に陥っていた。


「……余としたことが」


 脳裏に浮かぶのは、今朝の別れ際のみのりの顔だ。

 泣いてはいなかった。だが、彼女の瞳には深い悲しみと、縋るような色が混じっていた。

 かつて、みのりのお父上と交わした「決してこの娘を泣かせぬ」という誓い。

 たとえ実際に涙を流させていなくとも、その心をこれほどまでに沈ませてしまった事実は、魔王として、そして男として、敗北にも等しかった。


「嫉妬に狂い、愛する女を不安に陥れるなど……真の王がすることではない」


 不甲斐なさに拳を握りしめ、あっくんは踵を返した。

 向かったのは、みのりが以前「二日酔いの時はこれが一番効くんだよ」と笑って教えてくれた、経口補水液や冷たいゼリーが並ぶ棚だった。


 ◇


 一方、家で一人リビングのソファにうずくまっていたみのりは、玄関の鍵が開く音に肩を跳ねさせた。


「……あっくん?」


 戻ってきた彼は、先ほどまでの刺すような冷気は消え、どこか気恥ずかしそうな、それでいて必死に威厳を保とうとする複雑な表情をしていた。

 彼は無言のまま、買ってきたビニール袋をテーブルに置く。


「……まだ頭痛は引かぬのだろう。これを摂取せよ。余の不在の間、容態が悪化しては寝覚めが悪い」


「……あ、ありがとう……あっくん、怒ってないの?」


 みのりが恐る恐る尋ねると、あっくんはふいと目を逸らし、彼女の隣に腰を下ろした。


「……怒ってはいる。みのりが他者に抱きついた事実を思い出すだけで、この街を魔力で消し飛ばしたくなるほどにな……だが、それを理由にみのりに冷たくし、悲しませることは、余の誇りが許さぬ。余は、みのりを幸せにすると誓った身なのだから」


 あっくんは大きな手で、みのりの頭を優しく、包み込むように撫でた。


「すまなかった、みのり。余としたことが、心の器が狭すぎたようだ……許せ」


「ううん、私こそごめんね。あっくんにすごく甘えてた……もう、絶対に間違えたりしないから」


 みのりが彼の腕に顔を埋めると、あっくんは今度は拒絶することなく、愛おしそうに彼女を抱き寄せた。二日酔いの辛さが、彼の体温に溶かされていく。


「……ふむ。ならば、その誓いを証明せよ。今日一日は、余の傍から離れることを禁ずる……これが、余からの罰だ」


 少しだけ独占欲の滲む、いつもの甘い「魔王」の声。

 冬の陽光が差し込むリビングで、二人は喧嘩の余韻を温かな抱擁で塗り替えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ