第100話 女子会は蜜の味――酔いどれ乙女と、彼氏(魔族)たちの秘め事
今日はみのり、真帆、絵莉の三人で、仕事帰りに駅前の赤提灯が揺れる居酒屋へと集まっていた。
「とりあえず、お疲れ様! 乾杯!」
ジョッキがぶつかり、宴が始まる。
最初は「最近残業がさ……」といった仕事の愚痴や「このお刺身、脂が乗ってて美味しい!」といった、ありふれた会話を楽しんでいた。
だが、お酒が進み、テーブルに空のグラスが並び始めると、空気は次第に熱を帯びてくる。
「……それにしても、最近のルカくん。真帆さんの影響か、本当にしっかりしてきたよね」
みのりがそう切り出すと、真帆はレモンサワーを煽り、艶やかに微笑んだ。
「そう? でもね、家ではまだまだなのよ。私がちょっとお風呂上がりをわざと見せつけたりすると、もう心拍数が限界だって言って、数式を唱えながら逃げ出すんだから。あの必死な顔、お酒の肴に最高よ?」
「真帆さん、相変わらずSですねぇ……」
絵莉が冷酒をグイッと空け、キビキビとした手つきで次の注文をタブレットで叩く。
そんな彼女の瞳も、すっかり潤んでいた。
「私のところのリュカくんもですよぉ……最近、抱きしめると『絵莉さんの香りで、僕、脳が溶けそうです……』なんて、熱っぽい吐息で耳元で囁いてくるもんだから、こっちもスイッチ入っちゃうって言うかぁ……」
「わ、わかった! もうわかったから!」
みのりは真っ赤になって二人を制止しようとしたが、酔った彼女たちの勢いは止まらない。
特に、お酒に強い絵莉の視線が、鋭くみのりを射抜いた。
「……で、みのり。あんたのところはどうなのよ。あの、独占欲の塊みたいな魔王様とさ」
絵莉がニヤリと笑い、肘をついて身を乗り出す。
「なぁに? みのりとあっくん『その先』は、まだなの〜?」
「なっ……! な、なになになに!? 何を言って……!」
みのりは激しく動揺し、お箸を落としそうになる。脳裏をよぎるのは、先日の流星群の下、一つのコートの中で感じたあっくんの熱い体温。そして、バックハグをされながら耳元で囁かれた、あの低く甘い声。
「あ、今の反応。図星ね」
真帆が楽しそうに追い打ちをかける。
「みのり、顔が真っ赤。あっくん、ああ見えて夜は強引そうじゃない。あのデカい手で捕まえられたら、逃げられないでしょ?」
「え、絵莉まで変な想像しないでよ! あっくんは、その……すごく大切にしてくれてるっていうか、紳士っていうか……!」
必死に弁解するみのりだったが、その「紳士」という言葉が、逆に二人の追求に火をつけた。
「紳士ねぇ……でも、魔王でしょ? 本能が目覚めたら凄そうじゃない。ねぇ、実際どうなの? 押し倒されたりしてないの?」
「あぁっ! もう! お酒! お酒追加してくる!」
みのりは逃げるように店員を呼んだが、背後からは「逃がさないわよ〜」「ぶっちゃけちゃいましょうよ〜」という、楽しげな追撃が響き続ける。
魔王軍の女子会。それは、当の本人たちが聞いたら即座に魔力で店を爆破したくなるような、恐ろしくも甘い秘密の暴露大会へと化していくのだった。
◇
夜も更け、居酒屋のテーブルには数えきれないほどの空ジョッキと、追加注文したおつまみが並んでいた。
「……もう、みのり。あんたお酒弱いくせに、今日はペース早すぎ。あっくんに何か溜まってんの?」
絵莉が冷酒のグラスを傾けながら、呆れたように笑う。
一方の真帆も、赤い顔で「いいじゃない、みのりちゃん、もっとぶっちゃけちゃいなさいよ」と煽っている。
「溜まって……なぁい……ですよぉ……」
みのりは、すでに視界がふわふわと揺れていた。
普段は理性的で控えめな彼女だが、今夜は親友たちのノリと、昨夜のあっくんの甘い態度のせいで、心の防波堤が完全に決壊していた。
「あっくんはねぇ……すごいの……あんな大きな体で、ぎゅうううってしてきて……『余の隣にはみのりがいなければならぬ』……とか、言うんだよぉ……」
「へぇー、ごちそうさま。で、そのあとは?」
ニヤニヤしながら身を乗り出す絵莉に、みのりは頬をテーブルに擦り付けながら、とんでもないことを口走り始めた。
「そのあとぉ……? ……ふふ。あっくん、意外と……脱いだら、背中の筋肉が……すっごくて……その下とかも……」
「えっ」
「……あ、こら、みのりちゃん!?」
真帆と絵莉の顔から、一瞬で酔いが引いた。みのりは止まらない。
「私も……負けないくらい、あっくんのことを……食べちゃいたい……っていうか……もう、いっそのこと、夜中に押し倒して……」
「「ストーーーップ!!!」」
絵莉と真帆が、反射的にみのりの口を両側からガシッと抑え込んだ。周囲の客が何事かと振り返る。
「あんた! それは酒の席でもアウト! 魔王相手に逆襲する気!? これ以上言ったら、明日、あんた恥ずかしくて死ぬわよ!」
「みのりちゃん、落ち着いて! それはお家で二人きりの時に言いなさい!」
むぐむぐと抵抗するみのり。
絵莉はため息をつきながら、片手でスマホを取り出した。
「……これ以上は危険だわ。責任者に迎えに来てもらいましょ。真帆さん、みのりの口、絶対離さないでね」
絵莉が手慣れた様子で「あっくん」の連絡先をタップする。
『……ふむ、絵莉か。何かあったのか?』
スピーカー越しに聞こえる、落ち着いた、それでいて威厳のある声。
「あ、あっくん? 悪いんだけど、駅前のいつもの店まで迎えに来てくれる? ……みのりがね、ちょっと『魔王様を美味しくいただきたい』モードに入っちゃってて。これ、私らじゃ止められないわ」
『……なっ!? ……すぐに行く。貴公ら、一歩も動かぬように。みのりを……みのりを確保しておけ!』
電話の向こうで、あっくんが椅子を激しく倒す音が聞こえた。
数分後。
店のドアを、まるで敵陣に乗り込むような勢いで開けた男が一人。
殺気(と焦燥感)を纏った魔王・アークロンの姿があった。
「みのり!! 無事か!!」
「あ……あっくぅん……美味しそう……」
みのりのトロンとした瞳と、親友二人の「早く連れてって」という冷ややかな視線。
魔王にとって、今夜は長い夜になりそうだった。




