第9話 はじめてのおにぎり
翌朝、私はおにぎり作りの下準備を始めた。料理は苦手だけれど、おにぎりだけは昔から褒められる。
具はシャケ、梅干し、おかかの三種類。
おにぎりを握っている私の後ろ姿をあっくんが興味深そうに見つめていた。
「あっくんも握ってみる?」
「いいのか?」
意気揚々と炊きたてのごはんを手に取ったあっくんは、そのまま豪快に握り締めた。
次の瞬間、ボンッ、と音を立ててごはんが指の間からパラパラと落ちていく。
「ちょっ……爆発した!? 力入れすぎだって!」
「なぜだ……! 余は確かに優しくしたつもりなのだが」
そんなやりとりを繰り返しながら、なんとか二人分のおにぎりを用意し、私たちは近所の大きな公園へ向かった。
東京では珍しいほど自然が残る長閑な公園。木漏れ日の道を歩きながら、私は胸が少し弾んでいた。
「ここ、私のお気に入りなの」
「静かでよい場所だな」
ベンチに並んで座り、おにぎりを広げる。
あっくんはまずシャケのおにぎりを手に取り、ゆっくりと頬張る。
「……うむ、悪くない。この世界の食は面白いな」
続けて梅干しのおにぎりに手を伸ばすと――
「すっぱっ!? これは毒ではないのか!?」
「違うよ! 梅干しっていうの。日本の伝統食だから!」
あっくんはしばらく口を押さえて悶えていた。私はその姿に思わず笑ってしまい、彼もつられて笑った。
おにぎりを食べ終えると、公園のキッチンカーに行列ができているのが目に入る。クレープ屋さんだ。
「クレープ、食べてみる?」
「余は食したことがないものだな。試してみよう」
私はチョコクレープを二つ買って、あっくんに渡した。
彼は一口かじった瞬間、目を見開く。
「な、なんだこれは!? 甘すぎる……! しかし、悪くはない」
「でしょ? おいしいよね」
そんな他愛ない会話をしながら、私たちは芝生に座り込んでクレープを食べ続けた。
夕暮れ時、空は淡いオレンジ色に染まり、私たちはゆっくりと家路につく。
「楽しかったね」
「余もだ。この世界にも、よいものがあるのだな……」
帰り道、夕日に照らされたあっくんの横顔は、いつもの魔王らしい威圧感とは違い、どこか素直で優しく見えた。
私の胸の奥が、ぽっと温かくなる。
――まさか、異世界の魔王と穏やかな一日を過ごすなんて、過去の私は夢にも思わなかっただろう。




