プロローグ
燭台の火が揺れていた。光の届かない棚には、崩れかけた魔導書と金属片のような魔術器具がひしめき、薬品の匂いと古びた紙の臭気が入り混じっている。
大陸最古の魔術研究塔・地下第三実験室。今では退廃したこの部屋だけが、なお秘密裏に稼働していた。
「……これが、空間転移魔法の最終式か」
勇者リオルは、ひび割れた石盤に刻まれた紋様を見つめた。淡い青光が脈動し、まるで生き物のように蠢いている。
「お前ほどの剣士が、まさか術式を学びに来るとはな」
老術師グランが、白い顎髭を撫でながら笑った。
彼はこの塔の最後の生き残りで、王国の魔法体系を築いた生きた伝説だ。
「勝ち目がないんだ、あの魔王には。剣じゃ届かない。魔法でも焼け残る。……生かしておけば、国どころか世界が終わる」
リオルは拳を握った。
――昨日、仲間が全滅した。
最後に立っていた自分さえ、魔王の紅い眼光を前に、心臓を掴まれたような恐怖に沈んだ。
「だが、空間転移魔法で魔王を吹き飛ばす? 場所はどうするつもりだ。別の大陸か、海底か、はたまた星の裏側か?」
「いや……次元ごと変える」
薄暗い部屋に、老術師の眉が跳ね上がった。
「狂気だぞリオル。それは帰還点が存在しない。あやつだけでなく、お前の魂すら途中で引き裂かれかねん!」
「それでもいい! 勝てないからこそ、やるしかないんだ!」
リオルの声は震えていた。
決意の震えか、恐怖か、自分でも分からない。
老術師は長い沈黙のあと、小さく息を吐いた。
「……ならば教えよう。転移座標を“空の次元”へ向ける方法を。そこは観測されていない世界。ここから切り離され、誰も干渉できん」
「お願いします」
リオルは石盤に両手を置いた。
魔力が吸い込まれ、脳裏に膨大な術式が流れ込んでくる。目の奥が焼けるように痛い。
手先が痺れ、身体の境界が曖昧になり、何度も気を失いかけた。
「――耐えろ。座標が曖昧になれば、転移先は虚無だぞ!」
老術師の怒号が響き、リオルは必死に意識をつなぎ止めた。
やがて青光が収束し、石盤の中心に小さな穴のような闇が現れた。
「……これで、魔王を送れる」
リオルの声は掠れていたが、目には強い光が宿っていた。
◇
――数日後。
魔王の居城、黒炎渦巻く玉座の間。
「来たか、勇者。飽きもせず無駄な抵抗を」
魔王アークロンの巨躯から、紫黒の魔力が滲み出る。
その視線一本で、空気が震え、皮膚の下で血が固まりそうになる。
「今日で終わりだ……魔王!」
リオルは剣を構えたが、一歩踏み出すと同時に魔王の影が揺れた。
「その程度の覇気で、我を斬れると思ったか?」
瞬間、魔王の腕が振り下ろされ、衝撃で床が割れた。
リオルの身体は壁に叩きつけられ、肺が空気を失った。
(くそ……時間を稼ぐだけでも……!)
魔王が止めを刺そうと歩み寄ったその瞬間、リオルの足元に複雑な紋様が展開した。
青と銀の光が渦巻き、魔王の眉がわずかに動く。
「ほう……これは、次元座標式? 小僧、どこで――」
「――さよならだ」
リオルは最後の力で術式を叩き込む。
床一面に光が走り、魔王の足元が裂け、千の光線が渦を巻く。
闇を穿ち、光の筒が魔王を飲み込む。
「この我を、どこへ――」
その声は、異次元の亀裂に吸い込まれるように消えた。
魔王アークロンは、世界から姿を消した。
しかし――。
「……座標が……暴れてる?」
予想外の揺らぎが術式に走る。
意図した“空の次元”ではなく、まったく別の――観測できない、妙に安定した平穏な世界へ。
(しまっ……もっと制御しなきゃ……!)
だが魔力は尽き、視界は暗転した。
その先で魔王が落ちる場所が、
のんびりした日本のアパートの一室だなど――
この時のリオルは知る由もなかった。
生まれて初めて小説を書くので、不慣れですが頑張ります!
(読みにくい点などあればご教示いただけますと幸いです)
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