番外編:休憩室にて「最も怖いもの」
(収録スタジオ横の休憩室。革張りのソファが置かれ、コーヒーマシンからは香ばしい匂いが漂う。壁掛けテレビにはCNNのニュースが流れている。収録の合間、4人の対談者がそれぞれ思い思いにくつろいでいる)
オッペンハイマー:「(コーヒーカップを持ちながら)このコーヒーマシン、我々の時代にはなかった。便利になったものだ」
トルーマン:「(新聞を読みながら)便利さと引き換えに、人間は何を失ったかね。おっ、このニュースを見ろ」
(テレビ画面を指さす。『AI研究者の72%が、制御不能なAIを最も恐れている』という見出しが映っている)
ド・ゴール:「(葉巻を取り出そうとして、禁煙マークを見て諦めながら)AI?人工知能か。我々の時代にも計算機はあったが...」
佐藤:「(お茶を啜りながら)最も怖いもの、ですか。皮肉ですね。我々は核について議論していたのに、未来の人々は別のものを恐れている」
オッペンハイマー:「(テレビに釘付けになって)待て、これを見てくれ。『AIが自律的に改良を繰り返し、人類の理解を超える可能性』...これは、まさに我々が原爆で経験したことと同じではないか」
トルーマン:「何を大げさな。機械は機械だ。スイッチを切ればいい」
オッペンハイマー:「大統領、あなたは原爆のスイッチを切れましたか?一度解き放たれた知識は、もう戻せない」
ド・ゴール:「(ソファに深く座り込んで)興味深い。人類は常に、自らが作り出したものを恐れる。ギリシャ神話のプロメテウスから変わっていない」
佐藤:「しかし、AIと核兵器では質が違うのでは?核は破壊するだけですが、AIは...」
オッペンハイマー:「考えることができる。いや、考えているように見える。それが恐ろしい」
トルーマン:「(新聞を置いて)博士、あなたはまた同じ過ちを犯そうとしている。恐怖に支配されている」
オッペンハイマー:「過ち?科学の進歩を止められないことを認識することが過ちですか?」
ド・ゴール:「(立ち上がって窓の外を見ながら)諸君、最も怖いものは技術ではない。技術を使う人間だ」
佐藤:「将軍の言う通りかもしれません。私が最も恐れるのは...」
トルーマン:「何だ?」
佐藤:「忘却です。広島、長崎の記憶が薄れること。人類は忘れやすい」
(一瞬の沈黙)
オッペンハイマー:「(静かに)私が最も恐れるのは、自分自身だ。また同じような『発見』をしてしまうこと」
トルーマン:「(苛立ちながら)また自己憐憫か!」
オッペンハイマー:「違う!自己認識だ。科学者の好奇心は止められない。『できるかどうか』を問い、『すべきかどうか』を問わない」
ド・ゴール:「(振り返って)では、私の恐怖を言おう。フランスが、いや、すべての国家が独立を失うことだ。グローバリゼーション、EU、国連...すべてが国家主権を侵食している」
トルーマン:「将軍、それは進歩だ。協調こそが平和への道だ」
ド・ゴール:「協調?それは強者による支配の婉曲表現だ」
佐藤:「(苦笑いしながら)でも将軍、完全な独立など可能でしょうか?現代では、すべてが相互依存している」
ド・ゴール:「だからこそ恐ろしい。依存は弱さだ。2025年の世界を見ろ。サプライチェーン、インターネット、金融システム...一つが崩れれば、すべてが崩れる」
オッペンハイマー:「(頷きながら)複雑系の脆弱性ですね。我々の時代より、むしろリスクは高まっている」
トルーマン:「しかし、生活は豊かになった。貧困も減った」
佐藤:「豊かさと引き換えに、何を失ったのでしょうか」
(テレビのニュースが切り替わる。『気候変動、今世紀末までに3度上昇の可能性』)
オッペンハイマー:「(画面を見て)これだ!これこそが、私が最も恐れていたことだ」
トルーマン:「気候変動?」
オッペンハイマー:「いや、人類の近視眼的思考だ。目の前の利益のために、未来を犠牲にする」
ド・ゴール:「(皮肉に)アメリカ的資本主義の成れの果てだな」
トルーマン:「(怒って)資本主義が世界を豊かにした!」
ド・ゴール:「そして、世界を燃やしている」
佐藤:「(仲裁するように)どちらも正しいのでは?発展と環境保護のバランスが...」
オッペンハイマー:「バランス?我々は原子核のバランスを崩して、エネルギーを取り出した。そして今、地球のバランスを崩している」
トルーマン:「悲観的すぎる。人類は常に解決策を見つけてきた」
オッペンハイマー:「核戦争の解決策は見つかりましたか?」
(重い沈黙)
ド・ゴール:「(コーヒーを注ぎながら)諸君、私は別の恐怖を感じている。このニュースを見ろ」
(テレビに『ソーシャルメディアによる社会の分断が深刻化』という見出し)
ド・ゴール:「人々が、現実ではなく、自分の信じたい『真実』の中に生きている。これは民主主義の終焉だ」
トルーマン:「民主主義は生き残る。常にそうしてきた」
佐藤:「しかし大統領、偽情報の拡散速度は...我々の時代とは比較になりません」
オッペンハイマー:「(興奮して)そうだ!情報の連鎖反応だ。核分裂の連鎖反応と同じ。一度始まれば、制御不能になる」
ド・ゴール:「だから、強いリーダーシップが必要なのだ」
トルーマン:「独裁者になれと?」
ド・ゴール:「違う。しかし、群衆の感情に流されない指導者が必要だ」
佐藤:「(考え込んで)でも、それは誰が決めるのですか?誰が『正しい』指導者なのか」
オッペンハイマー:「(苦笑して)我々4人とも、自分が正しいと思っていた。結果はご覧の通りだ」
トルーマン:「後悔はしていない」
オッペンハイマー:「後悔しないことが、最も怖いことかもしれません」
ド・ゴール:「(鋭く)後悔は贅沢だ。指導者に、その余裕はない」
佐藤:「しかし、後悔から学ぶこともあります」
(テレビに新しいニュースが流れる。『量子コンピューターが暗号解読に成功、セキュリティの概念が崩壊か』)
オッペンハイマー:「(青ざめて)量子力学の応用が、ここまで...」
トルーマン:「何だ、その顔は」
オッペンハイマー:「すべての秘密が、秘密でなくなる。核のコードも、国家機密も、個人のプライバシーも」
ド・ゴール:「(厳しい表情で)それは...国家の死だ」
佐藤:「透明性は良いことでは?」
ド・ゴール:「甘い!国家には秘密が必要だ。外交も、防衛も、秘密なしには成立しない」
トルーマン:「同感だ。マンハッタン計画も秘密があったから成功した」
オッペンハイマー:「そして、その秘密が、後に大きな問題を生んだ」
佐藤:「(静かに)私も秘密を抱えていました。核密約...あれは必要だったのか、今でも自問します」
トルーマン:「必要だったさ。現実と理想の間で、我々は現実を選んだ」
ド・ゴール:「選ばざるを得なかった、が正確だ」
オッペンハイマー:「(窓の外を見ながら)でも、秘密と嘘の上に築かれた世界は、いつか崩壊する」
ド・ゴール:「すべてを公開すれば、混乱が起きる」
佐藤:「バランスが必要なのでしょうね。完全な秘密も、完全な公開も、どちらも危険」
(コーヒーマシンが音を立てる。トルーマンが立ち上がってコーヒーを注ぐ)
トルーマン:「(カップを持ちながら)知っているか?私が最も恐れているものは」
全員:「?」
トルーマン:「無責任だ。決断から逃げること。批判を恐れて、何もしないこと」
オッペンハイマー:「しかし、間違った決断をすることも...」
トルーマン:「間違っていても、決断することが指導者の責任だ」
ド・ゴール:「(頷いて)同意する。優柔不断こそが、最大の罪だ」
佐藤:「でも、慎重であることも重要では?」
トルーマン:「慎重と優柔不断は違う」
(テレビに『パンデミックの再来を警告、WHOが警鐘』というニュースが流れる)
佐藤:「(画面を見て)これも恐ろしい。目に見えない敵」
オッペンハイマー:「ウイルスも、放射線も、目に見えない。人類の真の敵は、見えないものかもしれない」
ド・ゴール:「見えない敵など、昔からいた。裏切り、陰謀、嫉妬...」
トルーマン:「将軍は人間不信だな」
ド・ゴール:「現実的なだけだ。人間を信じすぎる者は、必ず裏切られる」
佐藤:「(悲しそうに)でも、信じなければ、何も築けません」
オッペンハイマー:「信頼と検証。レーガンがソ連に対して言った言葉ですが、すべてに当てはまる」
(休憩室のドアが開き、スタッフが顔を出す)
スタッフ:「あと10分で収録再開です」
(スタッフが去る)
トルーマン:「(立ち上がって)さて、恐怖の話はこれくらいにしよう」
ド・ゴール:「恐怖を語ることで、恐怖を克服できるかもしれない」
オッペンハイマー:「あるいは、恐怖を増幅させるかも」
佐藤:「どちらにせよ、恐怖と向き合うことは必要です」
(4人が立ち上がり、スタジオへ向かう準備を始める)
オッペンハイマー:「(つぶやくように)結局、最も怖いものは...」
トルーマン:「何だ?」
オッペンハイマー:「人間の可能性だ。善にも悪にも、創造にも破壊にも向かえる、無限の可能性」
ド・ゴール:「(哲学的に)それは恐怖ではなく、人間の本質だ」
佐藤:「本質だからこそ、恐ろしいのかもしれません」
トルーマン:「(ドアに向かいながら)恐れていても始まらない。我々にできるのは、最善を尽くすことだけだ」
(4人がドアに向かって歩き始める)
ド・ゴール:「(最後に振り返って)諸君、一つ聞きたい。もし、もう一度生きるとしたら、同じ選択をするか?」
(全員が立ち止まる)
オッペンハイマー:「(長い沈黙の後)分からない。知識を追求することは止められない。しかし...」
トルーマン:「私は同じ選択をする。後悔はない」
佐藤:「私は...違う道を探したい。もっと良い方法があったはずだ」
ド・ゴール:「私も同じ選択をする。フランスの独立と栄光のために」
オッペンハイマー:「(苦笑して)我々は、自分の恐怖に囚われているのかもしれない」
トルーマン:「恐怖に囚われるか、恐怖を克服するか。それが人生だ」
佐藤:「克服できなくても、共存することはできます」
ド・ゴール:「共存...それが人類の知恵かもしれないな」
(4人がドアを通ってスタジオへ向かう。休憩室には、まだニュースが流れ続けている。『最も怖いもの』についての議論は、答えのないまま、しかし深い洞察を残して終わる)
オッペンハイマー:「(廊下で)恐怖について語り合えて、少し楽になった気がする」
トルーマン:「弱音を吐くな、博士」
オッペンハイマー:「弱さを認めることも、強さの一つです」
ド・ゴール:「哲学論争は後だ。仕事に戻ろう」
佐藤:「はい。でも、この会話も、本編と同じくらい重要だった気がします」
(4人の足音が廊下に響き、やがて遠ざかっていく。休憩室のテレビは、相変わらず世界の不安なニュースを流し続けている。しかし、4人の対話は、恐怖と向き合う勇気と、それを乗り越える可能性を示唆していた)




