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ラウンド3:抑止と矛盾 - 恐怖の均衡

(スタジオの照明が赤みを帯びた不穏な色に変わる。クロノスのホログラムに、冷戦期の米ソ対立の象徴的な映像——ベルリンの壁、キューバ危機、軍事パレードが次々と映し出される)


あすか:「第3ラウンド『抑止と矛盾——恐怖の均衡』を始めます。MAD、Mutual Assured Destruction——相互確証破壊。皮肉にも『狂気』を意味するこの頭文字が、冷戦期の平和を支えました」


トルーマン:「狂気?いいや、これこそが究極の理性だ。相手を完全に破壊できる力があれば、誰も戦争を始められない」


オッペンハイマー:「(首を振りながら)理性?人類が自滅できる力を持つことが理性的だとでも?」


ド・ゴール:「博士、あなたは理想主義者だ。人間の本性は変わらない。力だけが力を抑止する」


佐藤:「しかし、その抑止が失敗したら?一度の失敗が人類の終焉を意味する」


あすか:「実際、何度か危機的な状況がありました。1962年のキューバ危機では、世界は核戦争の瀬戸際に立ちました」


トルーマン:「私の後任のケネディは、よく対処した。フルシチョフを退却させた」


ド・ゴール:「(冷笑して)アメリカの視点ではそうでしょう。しかし、あの危機で明らかになったのは、米ソ二大国が世界の運命を勝手に決めているということだ」


トルーマン:「誰かが決めなければならない」


ド・ゴール:「なぜアメリカとソ連なのか?フランスには、ヨーロッパには、発言権がないのか?」


オッペンハイマー:「キューバ危機の時、一人のソ連潜水艦士官の判断が、核戦争を防いだと聞いています。ヴァシリー・アルヒーポフ。彼が核魚雷の発射を拒否しなければ...」


佐藤:「(震え声で)一人の人間の判断に、人類の運命が委ねられていた」


あすか:「トルーマン大統領、あなたは朝鮮戦争で実際に核使用を検討されました」


トルーマン:「(椅子に深く座り直して)検討した。中国軍が大挙して介入してきた時、マッカーサーは核使用を強く主張した」


オッペンハイマー:「なぜ使わなかったのですか?」


トルーマン:「ソ連も核を持っていたからだ。そして、限定的な戦争を全面核戦争にエスカレートさせるリスクは取れなかった」


ド・ゴール:「つまり、核は使えない兵器だということだ」


トルーマン:「使えないが、持っていることに意味がある」


佐藤:「矛盾していませんか?使えない兵器に、なぜ巨額を投じるのか」


ド・ゴール:「使えないのではない。使わないのだ。そして、相手に『使うかもしれない』と思わせる。それが抑止力だ」


あすか:「『核の傘』という概念について議論しましょう。佐藤総理、日本はアメリカの核の傘に依存していますが、これをどう正当化されますか?」


佐藤:「(長い沈黙の後)苦渋の選択です。被爆国として核兵器に反対しながら、核の傘に頼る。この矛盾は認めます」


ド・ゴール:「矛盾どころか、偽善だ」


佐藤:「(感情を抑えながら)将軍、日本の置かれた状況を理解していただきたい。我々は憲法で戦争を放棄した。自衛力には限界がある」


ド・ゴール:「憲法?アメリカが押し付けた憲法だろう」


トルーマン:「日本が二度と侵略戦争を起こさないための憲法だ」


佐藤:「その憲法を、我々は受け入れ、守ってきました。そして、その制約の中で、国を守る方法を模索してきた」


オッペンハイマー:「しかし、核の傘は本当に機能するのでしょうか?アメリカは本当に、日本のために核戦争のリスクを取るのか?」


トルーマン:「もちろんだ!同盟の信頼性が問われている」


ド・ゴール:「(立ち上がって)嘘だ!1954年、ディエンビエンフーでフランス軍が包囲された時、我々は核支援を要請した。アメリカは拒否した」


トルーマン:「あれは状況が違う」


ド・ゴール:「常に『状況が違う』のだ。だから、フランスは自前の核を持った。『ニューヨークを犠牲にしてパリを守るか?』この問いに、アメリカ大統領が『イエス』と答えるとは思えない」


佐藤:「(不安げに)しかし、日米安保条約は...」


ド・ゴール:「紙切れだ。国家の生存を他国に委ねるなど、愚の骨頂だ」


あすか:「実際、1960年代にNATOでは『柔軟反応戦略』が採用されました。これは段階的エスカレーションを想定したものですが」


オッペンハイマー:「段階的エスカレーション?核戦争に段階などあるのか?一度始まれば、制御不能になる」


トルーマン:「いや、制御は可能だ。戦術核と戦略核を区別し、限定的な使用に留める」


オッペンハイマー:「(激しく)それは幻想だ!核のタブーを一度破れば、エスカレーションは避けられない」


ド・ゴール:「だからこそ、フランスは『全面報復戦略』を取る。攻撃されれば、即座に全力で報復する。段階など踏まない」


佐藤:「それは...自殺行為では?」


ド・ゴール:「相手にそう思わせることが重要だ。『フランス人は狂っている。本当にやりかねない』と」


あすか:「クロノスのデータによると、冷戦期には何度も核戦争の危機がありました。1983年のソ連の早期警戒システム誤作動事件では...」


オッペンハイマー:「スタニスラフ・ペトロフ中佐。彼がアメリカのミサイル攻撃という警報を誤報と判断しなければ、ソ連は報復核攻撃を開始していた」


トルーマン:「システムの不具合で人類が滅びるところだった」


佐藤:「恐ろしい...技術への過度の依存が、逆に危険を生む」


ド・ゴール:「だから、人間の判断が重要だ。機械ではなく、人間が決定すべきだ」


あすか:「しかし、判断の時間は極めて限られています。ICBMなら、発射から着弾まで30分」


トルーマン:「30分で人類の運命を決める。それが核時代の現実だ」


オッペンハイマー:「(頭を抱えて)我々は何という世界を作ってしまったのか...」


佐藤:「博士、あなたは水爆開発に反対されましたね」


オッペンハイマー:「ええ。原爆でも十分すぎるほど破壊的だった。水爆は...もはや兵器ではない。それは絶滅装置だ」


トルーマン:「しかし、ソ連が開発すれば、我々も開発せざるを得ない」


オッペンハイマー:「その論理の行き着く先は?より強力な兵器、より多くの弾頭。いつまで続けるのか?」


ド・ゴール:「敵が存在する限り、永遠に続く」


佐藤:「しかし、1963年に部分的核実験禁止条約が結ばれました。一歩前進では?」


トルーマン:「地下実験は続いた。本質は変わっていない」


ド・ゴール:「フランスは署名しなかった。我々の核開発を妨げる条約など認めない」


あすか:「佐藤総理、日本は1964年の中国の核実験後、どのような対応を取りましたか?」


佐藤:「(慎重に)まず、アメリカの核の傘の確認を求めました。そして...」


あすか:「そして?」


佐藤:「...外交カードとして、日本の核武装の可能性をちらつかせました」


オッペンハイマー:「(驚いて)非核三原則の提唱者が?」


佐藤:「1967年に非核三原則を表明する前の話です。しかし、正直に言えば、あれは計算された動きでした」


ド・ゴール:「計算?」


佐藤:「アメリカに、日本の安全保障を真剣に考えさせるための。『日本が核武装したら困るだろう』という」


トルーマン:「巧妙だ。弱者の恐喝というやつだな」


佐藤:「恐喝ではありません。生存のための外交です」


ド・ゴール:「しかし、結局は脅しだけで、実行はしなかった」


佐藤:「できなかった、が正確です。国民感情、憲法、そして...広島と長崎の記憶」


あすか:「1969年の沖縄返還交渉での核密約について、詳しく聞かせてください」


佐藤:「(深いため息をついて)あれは...最も苦しい決断の一つでした。表向きは核抜き返還。しかし、有事の際の核持ち込みを密約で認めた」


オッペンハイマー:「国民を欺いた」


佐藤:「守るためです。理想と現実の狭間で、指導者は決断しなければならない」


トルーマン:「その通りだ。きれいごとでは国は守れない」


ド・ゴール:「しかし、嘘の上に築かれた安全保障は脆弱だ。いつか真実が明らかになる」


佐藤:「その時は、歴史に裁かれるでしょう。しかし、あの時点では、それが最善の選択だった」


あすか:「核抑止は本当に戦争を防いできたのでしょうか?」


トルーマン:「事実を見ろ!第二次大戦後、大国間の直接戦争は起きていない」


オッペンハイマー:「代理戦争は無数に起きています。朝鮮、ベトナム、アフガニスタン...」


トルーマン:「しかし、全面戦争は避けられた。核のおかげだ」


ド・ゴール:「核は大国に責任ある行動を強制した。皮肉だが、破壊力が大きすぎて使えないことが、平和を作った」


佐藤:「しかし、その平和は恐怖の上に成り立っています。真の平和とは言えない」


オッペンハイマー:「恐怖の均衡は、いつか破綻する。人間は完璧ではない。誤算、誤解、事故...可能性は無限にある」


あすか:「実際、『核の冬』という概念が1980年代に提唱されました」


オッペンハイマー:「全面核戦争が起きれば、煙と塵が太陽を遮り、地球は氷河期に戻る。生存者も緩慢な死を迎える」


トルーマン:「だからこそ、誰も核戦争を始められない」


ド・ゴール:「理性的な指導者ならば、だ。狂人が核を持ったらどうなる?」


佐藤:「それが最大の恐怖です。核拡散が進めば、いつか...」


あすか:「核テロリズムの可能性についてはどう考えますか?」


オッペンハイマー:「(青ざめて)考えたくもない。国家は抑止できても、死を恐れないテロリストは...」


トルーマン:「だからこそ、核物質の管理が重要だ」


ド・ゴール:「管理?チェルノブイリを見ろ。人間は原子力すら完全には制御できない」


佐藤:「平和利用でさえ危険なのに、兵器として持つことの矛盾」


あすか:「最後に、核抑止論の最大の矛盾について伺います。使えない兵器に依存する安全保障をどう考えますか?」


オッペンハイマー:「それは人類が作り出した最大の皮肉です。最強の兵器が、その強さゆえに使えない」


トルーマン:「使えないからこそ価値がある。究極の保険だ」


ド・ゴール:「保険?保険は事故が起きても補償がある。核戦争に補償はない」


佐藤:「だからこそ、我々は別の道を探さなければならない。核に依存しない安全保障を」


トルーマン:「理想論だ」


佐藤:「理想なくして、人類に未来はありません」


ド・ゴール:「理想は美しい。しかし、現実を見なければ、国家は滅びる」


オッペンハイマー:「現実ばかり見ていても、人類全体が滅びかねない」


あすか:「まさに、抑止と矛盾。恐怖の均衡の上に立つ我々の世界。このラウンドのまとめとして、核抑止の功罪を一言で」


トルーマン:「必要悪だ。醜いが、機能している」


ド・ゴール:「国家の独立と尊厳を守る、唯一の保証」


オッペンハイマー:「人類の英知の限界を示す、悲しい証拠」


佐藤:「越えるべき過去。しかし、今はまだ必要な現実」


あすか:「重い言葉の数々でした。恐怖の均衡は、今も世界を支配しています。さて、最終ラウンドでは、核のない世界は可能か、という究極の問いに挑みます」


(照明が少し明るくなり始める。4人の表情には、これまでの議論の疲労と、最後の議論への決意が入り混じっている)

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