第九話:献血だって善意の行動やと思うんです
「先生、おおきにな!全然痛くなかったで!」
「ありがとうございました!」
俺の名前は高山旭日本赤十字社で働き、こうやって献血ボランティアの際には供血者の方から血液を採取し輸血が足らず困っている困っている人たちへの手助けをしている。
まずは経験を積みそしていつかは病院勤務!立派な医者になって大勢の患者さんに慕われるのが夢でもあるのだ
この春、関西のほうに転勤になったけど皆気さくで優しい人たちばかりで本当に助かっている。
「高山先生ー?新しい方来られましたよー?」
バイトの子に呼びかけられ俺はすぐに参加者さんの待つワゴン車へと駆け付けた。大丈夫!これでも注射は上手い方だって大学でも褒められたんだ!
「すみません!お待たせし・・・・」
・・・・そう。褒められたんだ。だから採血だってちゃんと俺にはできるはず
けどさ
そりゃ医者じゃなくてもさ
「ん゛みぃいいいいいい(ドスの効いた声)」
「みゅいい?」
・・・・・鹿居たらびびるじゃん?
いや、むしろなんでさも当たり前のように椅子に腰かけて前足片方差し出してるの?無理に決まってんじゃん。だって君は鹿じゃあないですか見たところ雄の・・なんか鼻息荒いしめっちゃ歯茎むき出しにして俺を見てるし何この状況は
「・・・・・・」
とりあえず、俺は一旦ワゴンから出て胸ポケットにしまっていた目薬を両目にさして深呼吸をする。
うん。あれだ。頑張りすぎてちょっと幻覚見たんだな俺は。それにほら、今日は花粉と黄砂も酷いって天気予報で言ってらしな。そうだよ。アレは鹿じゃななくてちょっと毛深い中年のおっさんが孫連れてきたのを見間違えただけd・・・・
「んみ゛ぃいいいい!!ばっふ!!ぼふぉお゛!!!(ドスの効いた声)」
鹿だった。見間違いじゃあない。鹿。
なんでだからいるんだよ鹿!!おかしいだろ!?なんで献血してもらえるって思ってんの!?鹿ですよアンタ!!哺乳類じゃなくて偶蹄目!!無理にきまってんだろ!?
しかも隣に佇んでるの孫じゃない!小鹿だ!白い毛の小鹿!可愛い!!いや可愛いけどね!?なんでそんな不安そうに俺を見てるの!?この雄鹿君の仲間!?なんとかして!?怖すぎるんだけど!?
いや、しかしこのままじゃ埒があかない・・たしかこういう時は自治体ってか・・鹿苑のスタッフに連絡すりゃいいって聞いた。そうと決まればさっそく電話して来てもらわないと!!
俺の心臓が持たないっ!!!!
(ムジカ、おっちゃんサイド)
さて、皆さまは献血と言うものをご存じでしょうか・・・善意ある行動の一つであり、採取された血液は輸血の足りない方のもとへと送られ誰かの命を救う、とても素晴らしい善意であると私は思うのです
「医者ぁあああ!!!はよせんかぃ!!ワシは覚悟決めて来てんねん!!はよ採血せぇやゴルァァ!!」
そうです。その善意ある行為の呼びかけをおじちゃんは聞いて思いついたのです。
自分の血を取れるだけ取ってもらえば、あの蓮池の絵の蓮が全て満開になりすぐに人間に転生できるのではないか・・と
たしかに素晴らしい心がけだと私も思います・・この際動機は抜きにしてもおじちゃんの行動ひとつで
大勢の方の命が救われるやもしれないのですから・・
ですが、そうでございます。
鹿なのです。おじちゃんは
人間の魂であろうとも、鹿なのです・・・。
「おじちゃん・・やっぱり鹿は献血できないんじゃないんですか?」」
「むっちゃん・・ええか、こう考えてみい。」
「な、何をですか?」
「むっちゃんが東町商店街を歩いているとする・・・すると前から社会の窓が全開のおっさんが歩いてくるのが見えた・・ここで無視すればおっさんは周囲からの辱めを受け周囲も見たくもない中年男のパンツを見て気分はガタ落ちや・・」
「はっ!!・・・そ、それはたしかに・・」
「せやけどなむっちゃん、そこでむっちゃんが引き下がらず全開ですよ、と伝えることでそのおっさんだけやない・・・大勢の人間が救われる事になる。そういうことや」
「な・・なるほど・・たしかにここでおじちゃんが鹿は献血できないって諦めたら大勢の人たちが救われなくなっちゃうのですね!」
「・・・そういうことやむっちゃん・・」
前足を差し出し、椅子にこしかけ踏ん張る足は小刻みに震えて16ビートを刻みだしているそのおじちゃんの姿が、この時の私には輝いて見えました・・・。
その時です
「あ~!、おったおった!んも~何してんねんムジカちゃんにおっちゃん。」
困った顔をして現れたのは鹿苑で働くベテランパートの須知おばちゃんでした。奈良公園の掃除から鹿の世話までなんでもこなせる大ベテランさんで私やおじちゃんもよく世話になった人なのです
「さっきな?電話もらったんよ~、献血のワゴンに野生の鹿が入ってきて困っとるから何とかして~って・・も~どしたん?おばちゃんに話してみぃ?」
須知おばちゃんは私と目線を合わせると訳を聞いてくれたのでした・・・・・。
(ドクターサイド)
・・・あのおばちゃん何でナチュラルに鹿と話してんの!?むしろわかるの!?鹿ずーっとみーみー言ってるだけでしょ!?
い、いや、でもあのおばちゃん鹿苑のベテランスタッフさんっぽいし・・きっとなんとかしてくれるはずだ。
あ、こっち来た。よかった・・なんとかなったわ・・・・
「先生。血抜いたってください。」
「抜いたってください!!?」
なんでそうなったの!?なんでおばちゃん鹿の味方なの!?さっきなんか説得してたよね!?話しついたんじゃあないの!?
「とにかく抜いたってください。そしたら帰る言うてますから」
「そんなお茶しに来てかえる親戚のおばちゃんみたいな事言われても!!」
「先生、ウチかてねぇ・・この奈良公園で30年働いとるんです。鹿たちが何を考えてるんかもわかる・・・せやから抜いたってください!!」
「無理ですって!!!鹿だもん相手!!!」
「負けないこと!投げ出さないこと!逃げださないこと!信じる事!!」
「今それは大事な事じゃない!!!」
駄目だ・・・鹿苑のスタッフさんもあてにならない・・何がどうなってるんだ!?いや、むしろ他の人達もなんでこの違和感にツッコミを入れないんだ・・・
「あ、もしかして先生他県の人やろ・・・」
「え?・・は、はぁ・・今年の春に東京からこっちに・・・」
俺がそういうとおばちゃんは納得したようにため息をついて説明をしてくれた
「じつはなぁ・・奈良県民には鹿の見分け方ができるんよ」
「そんなひよこの選別みたいな・・・」
「この奈良公園・・東大寺の大仏さんと春日大社の神さんからのご利益がぎょーさん降りてきててな・・・たまにそのご利益を浴びた鹿が現れるようになっとるんよ」
「え?・・・じ、じゃあ・・この鹿たちが?」
「先生にはどう見えとるんか知らんけどな・・・おばちゃんにはキ〇ィさんやシ〇モロールより可愛い見た目に見える。」
「天下のサ〇リオに喧嘩売った!?」
「・・・そんな二匹がどうしても献血してほしい言うとるんや・・・きっと病むにやまれぬ事情があるに違いない」
「そ・・・そこまで言うなら・・・・」
おばちゃんと二匹の圧に負け、俺は仕方なく献血の準備を始めるのであった
おばちゃんのモデルは新喜劇のあの方・・・。