第三話:畜生輪廻
ひとしきり泣いた後、私は注文された品を平らげると彦じいちゃんに何かお礼をしたいと申し出ました。
しかし彦じいちゃんは首を横に振りながら私の頭を優しく撫で、「立派な神鹿になって奈良を守ってくれたらええ」と枯れ葉のような声で笑いました。
店を出る頃にはあれだけ降っていた雨は止み、雲の切れ間から美しい星空が顔を出していて
「晴れたなぁ・・・ほんなら明日のお水取りはいつもどおりやな。ワシもしっかり稼がんとあかんわ」
そう言うと、彦じいちゃんは引いてきた屋台から何かを取り出し私に差し出してくる。それは幼子が引いて遊ぶ鹿の玩具。
私にとって、最初の宝物になりました。
「ひこじいちゃんも、おみせだすんですか?」
東町商店街までの行く道をぽてぽてと歩きながら彦じいちゃんに尋ねると、どうやらじいちゃんはお水取りの際は必ず屋台を出すといつも決めていると話してくれました
「如来様達もちゃあんとワシらを見ていてくださるからな・・・きちんと善行せんとアカン。獣にされてまうからな」
「けもの??」
幼い私には聞いたことの無い言葉で御座いました。それもそのはず。
古来、日本は神聖な地・・神が住む土地とされ、現世と幽世と分けられておりました
現世とは生きた人間の世界。幽世とは神々や不可視の棲まう世界。
それはこの奈良の地も同じ事ではありましたが、他の土地と少し違うのは幽世に《天界》の管轄地と《仏界》の管轄地があることで
まだ幼い私たちには仏界がどのような所でどんなことをしているかなんて皆目見当もつかなかったのです。
「・・・そうやなぁ。坊は神鹿の子やから仏界のことはわからんよな・・・」
首をかしげる幼い私に、彦じいちゃんはぽつりぽつりと話してくれました
仏界には、良いことをした人達が天寿を全うした後に輪廻転生を待つ極楽と
生前悪いことをした者が罪の清算のため落とされるという地獄がありますが
その地獄の中にも多くの刑罰が有り、その中にこんな刑罰があるのだそうです。
畜生輪廻の刑
生前、神に対して大罪を働いたり大勢の命を奪った者を獣の姿に転生させる。そうして、獣の姿のまま善行を積ませまたふたたび人に転生させる刑罰があるのだと、彦じいちゃんは話してくれました
「せやから・・・悪いことしてもうたら、ちゃんと償わなアカンねん・・・罪から逃げれる人間なんぞ、誰一人としておらんのやからな」
じいちゃんの言葉に幼い私はそんな世界があるのかとぼんやり物思いにふけっておりました
ええ、その時は知りもしなかったのです。
まさかその刑罰にあった者と出会い
不思議な縁が結ばれるなんて