第十七話:呪われたおじちゃん~前編~
さて、季節は過ぎまして長月の半ば。とんでもない暑さも少しづつ和らいできたJR奈良駅の改札にて幼い私は困惑しておりました
「ほぎゅわぁあああああ・・・・・」
「おじちゃん・・だいじょうぶですか?・・・」
「主君?・・・もし治らねぇなら医者に・・」
「そないなもんいらんわぁああ・・・・」
駅にある男子トイレの一室に立てこもり鹿特有の唸り声をあげているのはほかでもない私のヒーローであるおじちゃん。
季節に変わり目で来る急な気温変化が原因なのか昨日からずっと原因不明の腹痛に苦しめられているのです・・。
もちろん、体調になにかあったのではないかと私はイタチのおじちゃん・・新左さんとともに鹿苑へおじちゃんを担ぎこみ獣医さんに診断してもらったのですが・・・
「いたって健康そのものどこも異常なし・・・一体全体何がどうなっていやがるんだ・・」
二階の改札に続く階段に腰を下ろして新左さんは腕を組み首をかしげながら私に尋ねます
「ムジの字・・お前さん主君といつも一緒にいるんだろう?何か変わったことはなかったのか?」
「ぼく、ひるまはいつもおじちゃんといっしょにいますよ?でもよるはわからないです・・」
そう、夜だけはおじちゃんが何をしているのかを私は把握できていないのです。神鹿とはいえまだまだ幼い私はお巳さんからの言いつけを守り夜の八時にはもうぐっすり夢の中なのですから・・その間におじちゃんが何をしているかなんて私には皆目見当もつかないのです
「主君が夜に何をしてるか・・・そいつさえわかればな・・・」
「おじちゃんのおなかぴーぴーも、なおりますかね・・・」
そう、昨日までは元気に迷惑観光客や無礼な外国人観光客相手に見事なプロレス技を決めていたと言うのにそれが今日になって急な腹痛に襲われトイレに籠りきりになると言う奇妙な事に私と新左さんはどうしたものかと首をかしげていました
「いいかげんにしいや!!」
「あん?」
「う?」
ふと背後から聞こえた声に振り向けばそこには可愛らしいふわふわの服・・現代で言うところの地雷系ファッションを着た二人の女性が何やら言い合いをしている所でございました
「女同士の痴話喧嘩か?」
やれやれと溜息をつく新左さんでしたが、対する私は言い合いをしている女性の片方に面識がございました
「アンタもう止めたほうがええってマヒル!あんた取返しの付かんとこまで来てるんやから!!」
「うっさい!!アタシの勝手でしょ!?ユキには関係ない!!もうほっといて!!」
「あっ!!ちょ!!マヒル!!」
黒い地雷系ファッションに身を包んだ女性は声を荒げつかまれていた手を振りほどくとそのまま商店街側方面へと走って行ってしまいました。そして、その様子を見送るしかできない一人の女性は深いため息をこぼします
「・・・どうしたらええんやろ・・このままやと・・」
「ユキお姉さん!」
「え!?・・・あ、シロやん・・・」
そう、間違いありませんでした。よく近鉄奈良駅で柿の葉寿司販売のお仕事をしているユキお姉さんでした。まだ私がおじちゃんと出会う前はお腹を空かせた私に柿の葉寿司をこっそり御馳走してくれるなどとてもよくしてもらったことがあったのです
「なんでぇムジの字・・知り合いか?」
「柿の葉寿司を売ってるユキお姉さんですよ?」
「あらあら・・シロやんお友達と一緒やんたんやね・・ごめんね、いやなとこ見られてしもうたわ・・」
「さっきのお姉さんと喧嘩したです?」
そう尋ねる幼い私にユキお姉さんじっと私の顔を見つめると視線を合わせて
「・・・ねぇ、シロやん。シロやんは神鹿さんなんよね?」
「そーですよ?奈良のために頑張ってるんです!」
「・・・・ほんならさ、シロやん・・・」
そこまで言いかけるとユキお姉さんは私の蹄を優しく握り声を潜めてこう話を切り出しました
「ーーーー 呪いにかかってる人とか、なんとかできる?」