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第一話:幼き神鹿の受難

大和朝廷が八世紀もの間この地を都と定め、仏教文化や神との関わりを深くせんと聖徳太子や蘇我馬子が法隆寺や飛鳥寺と言った仏閣を立ててから1400年。


古の万葉の地と歌われたこの奈良県ではもはやその面影は無く、人々は神や仏との繫がりを忘れかけておりました。


そんな古都を悠久の年月をかけて見守ってきた春日山の麓に静かに佇む神域がございます。


名を春日大社。


はるか昔、天の国高天原より雷神たるタケミカヅチ様が雷とともに白銀に輝く神鹿に乗りこの地に降り立ったのがこの春日大社の始まりともされており、


人々が神の息吹や仏の導きを忘れかけたこの時代でも、人々を正しき方向へと導き奈良の平穏を守るために多くの神鹿が下界に降り立ち人々の生活を見守っており、かく言う私も春日権現様の加護を受け、神鹿の子として命を授かったのです。



当時まだ幼かった私は、100人兄弟のうちの末っ子でした。


立派な兄や姉たちのようになるべく、神域にて勉学や神鹿としての立ち振る舞いを学びながらいつか自分も兄や姉たちのように立派な神鹿になり奈良の地や人々の平穏を守っていくのだと、期待と夢に胸を膨らませる毎日で御座いました。


そんなある日の事です。いつものように神域にある藤棚の前で風に揺れる薄紫色色をぼんやりと眺めていた時のことでした


「ムジカよ、貴方に渡したいものがあります」


私の親代わりのような方であり、春日三神にお仕えしている白蛇の化身・・・私は親愛を込めて【お巳さん】と呼んでおりましたが


その彼女に声をかけられ、振り向くとある物を手渡されたのです。


「貴方もついに立派な神鹿になるべく、その最終段階として成人の儀せいじんのぎ・・・下界への修行が決まりました。」


「?・・・しゅぎょうってなんですか?」


幼い私にその意味を理解するのはまだまだ難しかっただろう。


それもそのはず


当時の私は箱入り娘ならぬ箱入り子鹿状態だったし、そもそも人間の住む下界とはどのような場所なのか見当も付かない未知の世界。


先にりっぱな神鹿と成った兄や姉たちが一体下界で何をしてきたのかも、当時の私は知らないことだらけでした


「貴方より先に産まれた兄姉たちは皆、この成人の儀を見事やり遂げ・・・りっぱな神鹿となり人々と神の縁を繋ぐ役目に就いております・・・ムジカ、貴方もいずれは立派な神鹿になる運命を背負う子・・・下界に赴き人との繫がりを高め信仰心を満たすのです」


「んと・・・たくさんみなさんのおてつだいをしてくればいいんですね!」 


「その通りです。・・・そして今貴方に手渡したそのスケッチブックに〝貴方の素敵な物〟をたくさん描くのです・・・そのスケッチブックが貴方の描いた素敵な物で満たされた時こそ儀の達成。立派な神鹿になった証になるでしょう。」


お巳さんの言葉に幼かった私はそのちいさな胸に希望と期待が満ちあふれてくるのを感じておりました。


自慢の兄や姉たちは既に修行を終え、皆がそれぞれ奈良に生きる人々の役にたち神との繫がりを深くしていくのをこの目でいつも見ていたちいさな私


一番上の兄は春日山よりも大きく、その巨大を活かして台風を受け止めたり・・・


その二番目の姉も春日山より大きく、大雨で人々が困っているのを見れば雨雲を巨大な麻袋に詰めて海の彼方に放り投げたりなど


皆が皆、奈良に生きる人々の役にたっておりました。


そして次は自分がその役目を果たすために下界に修行へ向かう。



「わかりました!お巳さん!がんばってきます!」



期待に胸躍らせながら、こうして幼い私は一人下界へと降りて行きました


・・・・ええ、ですが幼い私は何も知らなかったのです。


優しい人たちや、きちんと信仰心を持っている清らかな人たちばかりだと


そう思い込んでいた私に待っていたのは


過酷すぎる現実でした。



「なにこの子鹿めっちゃ可愛いやん!写メ写メ!」


「お前アカンて、どつかれてもしらんで?」



・・・・信仰心を忘れて、好き勝手に生きる人



「おいコラ!!何処見て歩いとんねん邪魔や!!」



怖い人たち



「いや、だから!!此処で写真撮ったらアカン言うとるやろ!?観光客やからっていい気になるなやクソが!!」



マナーを守らない異国の人間、それに触発されて暴力的になる



優しかったはずの奈良の人々




「・・・・・」



直面した現実に、幼い私は幾度となく涙が零れそうになりました。


でも、それでも私を信じて見送ってくれたお巳さんや兄姉たちのためにも此処で挫けるわけにはいかない。


そう思いぐっと涙を堪え励みました



けれど、それでもやはり


目に飛び込んでくるのは悲しい現実ばかり



いつしか、孤独と辛い現実に直面した幼い私は雨の中を一人ぽてぽてと当てもなく歩いておりました



「・・・・・もう、かえりたいです・・・」


体に伝う雨の冷たさに、空を覆う鈍色の雲に


今まで耐えてきた自分の瞳から涙が溢れそうなその時でした。



「・・・・大丈夫か。ぼん。」


一人の、鹿せんべい売りの老人が幼い私に声をかけてきたのです。



「ここやと濡れて風邪引いてまうな・・・じいちゃんに付いてきてくれるか?」


雨合羽を着た老人の言葉に、幼い私は力なく頷けば近くの居酒屋までぽてぽてと付いていく事に決めました



これが、せんべい売りの老人



彦助じいちゃんとの出会いでした。






??:∑むっちゃんに!!!何すんねんオカン!!!




息子よ。アンタ出番まだや

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