高嶺の花は実は隣の部屋
伊織はいつも通り何も変わらない日常を過ごし、6限目の終了のチャイムが鳴った。
するとその後に滅多になることのない校内放送を告げる音が鳴る。
『1年B組の涼風伊織さん、1年B組の涼風伊織さん。
放課後職員室までお越しください』
正直自分が呼ばれるわけがないと思っていた伊織は、一瞬呆気に取られたがすぐに気持ちを持ち直す。
(あれ、僕なにかしたっけ……)
祐介も伊織に何かあったのかと聞くが、伊織自身もわからない為答えることができなかった。
そしてホームルームが終わり放課後が訪れ、伊織は職員室に向かった。すると呼び出していたのは1年A組の担任の鈴木先生だった。
「おー! 涼風こっちだ!」
豪快な美人と言う言葉が似合う鈴木先生に大きな声で呼ばれた伊織は鈴木先生のいるところまで行く。
「それで……僕はなんで呼ばれたのでしょうか」
「ああ、その事なんだが今日水無瀬が休んだからプリントを家まで持っていって欲しいんだ」
「あの……なんで僕なんでしょうか……」
「本当は私がいつも持っていくんだが、あいにく私はこの後どうしても外せない用があってすぐに向かわなくては行けない。それで実は部屋が隣の涼風に頼んでるって訳だ」
突然のカミングアウトに伊織は硬直する。その先に鈴木先生が伊織にプリントが入ったファイルを押し付けるように渡す。
「それじゃあそういう事だから頼んだぞ!」
そういって鈴木先生は鞄を持って職員室を出て行った。
「あの、僕水無瀬さんと面識ないんですけど……」
その小さな呟きは誰にも聞こえることはなかった。
この際どうしようもないのでプリントが入っているファイルを持って職員室を出た。
そしてマンションまで帰ってきた伊織は現在、玲奈のいる部屋の扉の前に立っている。
(落ち着け……落ち着くんだ……相手は同級生だ。普通にファイルを渡して終わりだ)
伊織はこのまま倒れてしまうのではないかと言うほど心拍数が上がり緊張していた。
この緊張は学校の高嶺の花に会えるからではなく、ただ人と接するのが伊織は怖かった。
────もしかしたら怒られるんじゃないか、怒鳴られるんじゃないか。そんな想像が伊織を怖気付かせていた。
そして伊織は意を決してインターホンを鳴らす。すると、10秒ほどが経ちインターホンから透き通った声が聞こえる。
「はい」
「あの、水無瀬さんのお家でよろしいでしょうか」
「はい、少々お待ちください」
そこから十数秒が経ち玄関の扉が開かれ、そこから玲奈が顔をのぞかせる。
しかしその顔は警戒心のメーターが振り切れているような表情だった。
「その制服、私と同じ学校の生徒ですよね。なんで私の家を知っているのでしょうか」
「あの、鈴木先生が水無瀬さんのプリントを今日は持って行けないから代わりに僕が頼まれて持ってきました……」
ほぼ睨んでいるような表情の玲奈に伊織は震える声で返答する。
「……そうですか、ありがとうございます。それでは失礼します」
ファイルを受け取った玲奈はお礼を言いすぐに玄関のドアを閉めたのだった。
伊織は震える手で自分の玄関を開け中に入る。
「こっ怖かった……」
伊織は少し息を切らしながら泣きそうな声でそう言うのだった。
でもこれで関係は終わりだろうという気持ちを支えに伊織はギリギリ泣かずに済んだのだった。




