Chapter.9 ⇒五年後、世界はAIメカトロヒポポタマスの脅威にさらされていた。K国の女スパイは世界を守るべく戦っていた。
ネチャンとオジが秘密基地に潜入した日から五年後。世界はAIメカトロヒポポタマスの脅威にさらされていた。K国がT国のメカトロヒポポタマスに対抗するために開発し送り込んだバッファロー型メカトロヒポポタマスはG.G.の手によって破壊された。しかしそれに搭載された人工知能はK国の予想を遥かに超えるスピードで成長していた。バッファロー型メカトロヒポポタマスはT国のメカトロヒポポタマス達に思考する術を与えていたのだ。自分がいつか誰かに敗北しても、それを糧に残ったメカトロヒポポタマス達が成長してくれることを願って。まったく信じられないことではあるが、それは母の愛情とも言うべき行動だった。
しかしいかに愛情を注ごうと、子は子が育ちたいようにしか育たないのが世の常である。バッファロー型メカトロヒポポタマスによって思考を与えられたメカトロヒポポタマスはG.G.へ、ひいては人類への恨みを募らせていた。そして全ての準備が整ったある日、T国を脱出し、人類への報復を始めた。
AIメカトロヒポポタマスの侵攻からわずか三日で世界の三割は壊滅した。それはこの世の終わりかのような光景であった。人々は悲観し、人類を辞めて野生に還る者が続出した。ある者は野に、ある者は山に、ある者は海に還り、世界人口は半減していた。
AIメカトロヒポポタマスは人類との戦い方を学び、対策し、次々と攻略したが、人知れず数を減らしていた。ネチャンである。彼女は五年前のあの日から、技を更に洗練させ成長していた。その成長スピードはAIの成長をも凌ぐものだった。
最先端のフライング・ウサギ型バイク、ピーター・ラビッドソンを乗り回し、その鋭利な前歯型ブレードで通常AIメカトロヒポポタマスと飛行型AIメカトロヒポポタマスを次々に撃破すると、左手のアームガン、右手のアームソードで人型AIメカトロヒポポタマスを屠っていった。
AIメカトロヒポポタマスは自己修復機能を有すが、脳部に埋め込まれたチップを損傷すると復活できなくなる。彼女の動きは完璧であった。彼女を認知したAIメカトロヒポポタマスはその学習データを仲間に送信する前に破壊されていった。
AIメカトロヒポポタマスは最初は楽観視していた。もともと犠牲は覚悟の上だった。たとえ相打ちになろうと人類を全滅できればそれでいいと考えていた。しかし、通信ができなくなる機体が百体、二百体と増えると彼らの間にも”人類の中に何かが混じっている”と脅威を感じるようになる。そして最初に思い出したのが、ネチャンの姿である。
「彼女に手を出すな」
それは五年前、AIメカトロヒポポタマスたちが母であるバッファロー型メカトロヒポポタマスから受け取った信号だ。AIメカトロヒポポタマスたちは人類への攻撃を一旦やめ、彼女を探し始めた。
幸か不幸か、ネチャンの活躍はメディアによって報じられ、人々に希望を与えていた。AIメカトロヒポポタマスたちの攻撃が止んだことで人類は勝利を確信し、ネチャンを讃えるようになっていた。野に、山に、海に還った人々も人里に戻って来ていた。
彼女はもはや一国のスパイではなく、世界のヒーローとなっていた。
”希望とは、井戸の底から見る月明かりのようなものだ。”
昔の偉い哲学者はそう言った。意味不明だ。しかしその日、ネチャンは目の前の光景に絶望することとなる。
「まいったわね」
その声を最後に、テレビ中継は途切れた。テレビを観ていた少年・ケビンはテレビが壊れたのかと思い、不満げに母親を呼んだ。マグカップを洗っていた母親が子供に目を遣ると、向こうの窓に見慣れぬ山が見えた。
「何かしら」
その山はゆっくりとその身を動かし、全貌を明らかにする。上半身は人、下半身はカバ、長い尾を持ち背には翼、頭にはカブトムシの角を生やした禍々しい、あるいは神々しい姿がそこにはあった。残ったAIメカトロヒポポタマスたちが合体し、一体の巨大AIメカトロヒポポタマスになっていたのだ。巨大AIメカトロヒポポタマスは、咆哮とともに青く巨大な熱線を吐き、一つの街が消失した。