Chapter.8 ⇒古い木造アパートに帰った中年の男が、ベランダでタバコを吸う若い女を見つける。
男は珍しく酔っていた。錆びた手すりに身を委ね、階段を一歩ずつ上る。部屋の扉の前に四センチほどのクモがいた。それを手で払い除け、戸を開ける。風が抜け、奥のカーテンが揺れた。窓はいつも開け放してある。近所の野良猫がたまにやってきて、男が用意した餌皿から餌を食べるためだ。帰宅して餌が減っていることが男の癒やしとなっていた。しかしその日は様子が違った。ベランダに置いた椅子に女が座っていたのだ。女はゆっくりと立ち上がった。
「いったいこれはどういうことよ」
女は言った。
「君は誰だ」
男は言った。
「なぜここに戻ってきたの」
物騒な事を言う女だと男は思った。
「私はあなたを許さない」
女が隠し持っていた銃を男に向けた。男はハッとして買い物袋を落とした。
「何なんだいったい!」
「私と戦いなさい。それが望みなんでしょう」
女が言っていることは支離滅裂だった。その時、いつもの野良猫が窓から入ってきた。猫は優雅な身のこなしで女の横をすり抜け、部屋の隅に置いた餌箱に頭を突っ込み、ポリポリとやりだした。
「この猫が大事だったわね」
女はそう言うと、猫に銃を向けた。猫は相変わらずポリポリやっている。
「やめてくれ」
男は言った。
「頼む、それだけはやめてくれ」
男は無心にそう言って、床に手をついた。
「頼む、頼むから」
男は撃たれる覚悟で額を床につけ懇願した。
「カップケーキ」
女は男の買物袋から飛び出したものを見てそう言った。
「今日は誕生日なんだ」
男は呻くように言った。
「何歳になったの」
女はひどく混乱していた。
「三十六だ」
男の年齢はどう見ても四十は超えている。女は、男は同じ一週間を”再び”繰り返していることを知った。男は自分自身で”処置”をしたのだ。
男が顔を上げたとき、女はそこにおらず、揺れるカーテンとポリポリやっている猫がいるだけだった。
大統領直轄関係者外秘諜報統括局局長でありネチャンの上官に当たる男ドゥドゥはデスクで頭を抱えていた。眼の前には一通の手紙がある。それは、G.G.からの任務の成功の報告と、報酬の要求だった。
「野良猫の安全の保証と、最先端のノミ取りシャンプーをしてやってほしい」