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Chapter.7 ⇒女スパイと中年男は隠し部屋を見つけ、中年男がかつてのスパイだったという真実を見つける。

「ほんとに部屋があったわ」


「地図をつなぎ合わせたとき、ここだけ妙な違和感があったんだ」


「書斎かしら」


 土曜の朝、二人は隠し部屋を見つけた。二人で作った地図を見る限り、隠し部屋などないかに思われた。しかし、なんということはない。直角だと思われた角を正確に測り、壁と床の模様で誤認させられた長さを正確に地図に落とし込み再構成すると、小さな空間が出来上がった。そしてその空間に入るための仕掛けを解き、ようやく二人は目的の隠し部屋にたどり着いたのだ。


「G.G.は私達に何を伝えたかったのかしら」


 ネチャンは目についた本をパラパラとめくりながらそう言った。オジはその部屋に奇妙な懐かしさを覚えていた。古い机の縁に指を滑らせ引き出しを開けると、極めて古い拳銃と、無造作に散らばった弾丸が出てきた。それを手に取ると、再び奇妙な感覚に囚われた。グリップは長年の間に蓄積されたであろう手垢で黒ずんでいた。その汚れとオジの手の形がピタリ一致していた。


「わあ、骨董品みたいね」


 後ろからネチャンに声をかけられ、オジは思わず拳銃を取り落とした。


「これ、火薬で鉛玉を飛ばすタイプの拳銃よね。売れば高値がつくかも」


 オジの動揺に気がつくことなくネチャンは話を続けた。


「オジが持ってなよ。こういうアナクロチックなやつなら使えるでしょ」


「ああ」


 銃を持ち上げたとき、そのしっくりとした重さとともに(六発だ)と直感した。オジはジーパンの後ろに銃身を差し、引き出しから何発かの銃弾を取り出すと、腰ベルトの間に仕舞った。


 ネチャンは一冊の本を熱心に読んでいた。それはT国の建国史であった。T国は『すべての人間が平等に幸せに暮らせる国家』という理想を掲げ、複数の国があるから争いが起こるのだと主張した。T国は世界の唯一国となるべく他国間の戦争を煽り、疲弊したところを侵略し拡大していった。G.G.はT国の忠実なスパイであった。彼の活躍により、他国は”改心”し、T国に取り込まれた。

 ついにT国に敵はいなくなった。そして、不要になったG.G.に”処置”を施すことにした。


 T国は『すべての人間が平等に幸せに暮らせる国家』という理想を掲げている。この理想を達成するために、T国にとって人間の脳は複雑になりすぎていた。彼らは記憶と思考を制御する研究を行っていた。そして、数多の犠牲の上に一つの結果を残した。


 T国は『すべての人間が平等に幸せに暮らせる国家』という理想を掲げている。そのため、各国から捉えられた要人や諜報員、反乱分子を処刑することは非とした。彼らは極めて人道的に、ただ記憶と思考に関する”処置”をするだけだった。”処置”をされた人間は、難しいことは考えなくて済むようになる。月曜から金曜まで汗水たらして労働に精を出し、土日は体を休め、また月曜から働く。そのことになんの疑問も持たぬようになる。無論個人差があり、思考能力が著しく落ちるものや、毎週記憶がリセットされる者もあった。しかしT国にとってそれは些細なことであった。国民全員が強い意志を持って労働に励み、その結果国家は繁栄し、利益は国民に還元される。


 こうしてスパイとしてのG.G.は消え、十三番街に善良なる国民が一人増えた。


 スパイとしてのG.G.は完璧に思えたが、一つだけ見落としがある。正確には、”見逃し”だ。K国の反乱分子は現在、水面下で着実に力をつけている。俺は彼らに二通の手紙を送った。それによりK国はT国を滅ぼし、国家間が不安定な、スパイが必要な時代に再び突入するだろう。もう一通の手紙の暗号は少々複雑にした。これを解くには十年はかかるだろうか。その時のK国はどれほど発展しているだろうか。どのような人材を寄越してくるだろうか。いずれにせよ、そのスパイは俺にに憎しみを抱くものだろう。当然だ。そのように仕向けていたのだから。K国最高のスパイは俺に銃口を向けるだろう。俺は信じている。ひとたび愛銃を撃てば、いかなる洗脳も解けようと。


 さあ、十年後の俺を撃て。お前に俺を倒すだけの力はあるか?


「どういうこと………?」


 バッファロー型メカトロヒポポタマスはネチャンを追って秘密基地の中を探索し、壁の向こうに二つの生体反応を見つけた。このエリアで暮らし始めて長い時間が経ったが、そこに部屋があるなど知らなかった。生体反応の一つは間違いなくあの女だ。もう一つは、男だろうか。弱々しい気を発してゆらゆらと揺れている。バッファロー型メカトロヒポポタマスは過去の経験から、学者とその護衛であろうと推測した。いずれにしても男は無視して構わない。

 鋭く尖った角を壁に向け、機を伺う。


 ネチャンはオジを見た。オジは二本の足で床を踏みしめ、俯き、緩やかにこの部屋の空気に見を委ねていた。彼は何かを思い出そうと葛藤しているようにも見えた。


 その時、隠し部屋の壁を破って凶悪なるバッファロー型メカトロヒポポタマスが現れた。ハッと息を飲むネチャン。その反応の遅れをバッファロー型メカトロヒポポタマスは見逃さなかった。彼女に向け最大出力で一歩踏み出し──そしてバッファロー型メカトロヒポポタマスの五体はバラバラに解体されていた。遅れて銃声が部屋に響く。


「思い出したよ」


 男は弾丸を愛銃に詰めながら言った。その声色はいつもとは違い、いやに低く響いた。

 ネチャンはひどく混乱していた。バッファロー型メカトロヒポポタマスの頭部は恨めしげにネチャンを見上げ、口を開き、弱々しい青い光を放つもすぐに消え、すべての機能が停止した。


「G.G.………」


 姿形はオジであったが、全くの別人がそこにいた。


「ああ。君たちはうまく踊ってくれたようだ」


「なぜ、逃げずに記憶の処置を受け入れたの? なぜ、知っていて私達の国の反乱を見逃したの? なぜ、私をここに呼んだの?」


 ネチャンは混乱するままにG.G.に質問をぶつけた。


「俺はかつてゴールデンエッグ(金の卵)と呼ばれていた。諜報員を育てる施設で、過酷な訓練を受けていた。その中でも特に優秀なものに送られる称号だ。しかし、俺は優秀すぎた。やがて俺は影でクレイジーエッグと呼ばれ、気がつけばG.G.と呼ばれるようになった。俺は頭のネジが外れたEGGなんだよ、ヒヨコちゃん」


 G.G.は過去を回想し、ゆっくりと語った。彼はもともと身寄りのない人間で、頼れる大人は自分を拾った施設の大人だけだった。褒められるのが嬉しくて、懸命に訓練し、いつしか施設の中の大人を含め誰よりも強くなっていた。


「あいつは頭のネジが外れている」


 影でそう囁かれるようになっても、G.G.は悲観しなかった。頼れる大人が、いつでも殺せるただの人間になっただけだ。


「『すべての人間が平等に幸せに暮らせる国家』が完成したらどうなる。俺は物心ついたときからスパイとして生きてきた。平等で幸せな世界なんか望んじゃいないのさ」


「オジとして生きるあなたは、それなりに幸せそうに見えたわ」


 ネチャンはそう言いながら、指先を最先端のボディスーツのダイヤルに伸ばした。


「ああ」


 G.G.がそう言って目を伏せた直後、ネチャンはダイヤルを最大出力まで回した。ゲージがレベル10まで光り、ネチャンの身体能力が百パーセント上昇する。常人には知覚することすらできないスピードでアームガンを放つ。G.G.は小首を傾げただけでそれを避けた。その一発を囮に相手の懐に入り込み喉笛を掻き切る、はずだった。

 スーツにより圧迫された彼女の腹部から大量の血が吹き出していた。


「傷が開いたんだ。辛かろう」


 ネチャンの耳に銃声は一発しか聞こえなかった。しかしそれだけで、スーツ、キャップ、アームガン、アームソード、スコープ、すべての装備は破壊された。彼女の体はスーツによる高負荷から瞬時に解放される。そして彼女は気を失った。


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