Chapter.3 ⇒中年の男は女スパイとエリア3に向かう。
「おい、おい、これは本当に大丈夫なんだろうな。ぶつからないよな」
「自動運転なんて、とうに民間でも使われている技術でしょう?」
「俺は初めてなんだ」
「大丈夫よ。それにこの最先端のフルオートモビルは重力安定装置もついているから、たとえライオンにぶつかったとしてもシートに衝撃は一ミリもないわ」
二人は自動運転車でT国の中核を担うエリア3を目指して走っていた。旧型の自動車とは異なり手動での運転が必要ないこの車では、ウインドウがすべて透明ディスプレイで覆われており今は自宅でできる簡単ヨガのレクチャー動画が流れていた。車内は対面ソファ、ネチャンは背もたれを倒し、オジの方を向いてライオンのポーズをしていた。
「なあ、お前の上官からもらった最先端の端末の使い方を教えてくれ。俺は一般人なんだ」
「最先端って、どこにでもあるスマホじゃない」
「なんだそれは?」
「うそ? 携帯電話よ」
「それなら俺も持っている」
「なによそれ、骨董品じゃない」
ネチャンは姿勢を崩し、オジの横に座るとその旧時代的な携帯電話をつまみ上げ、窓の外に捨てた。
「なんで私がオジサンの面倒を見なきゃいけないのよ」
そうため息をつきながら、スマホに必要なアプリをダウンロードしてやり、メッセージのやり取りや電話のかけ方を教えた。
”ネチャンへ。初めてのメッセージ届いているカナ??オジより。”
「及第点ね」
そうしてまたディスプレイを見ながらカラスのポーズに挑戦し始めた。
オジはなんとなく居心地の悪さを感じ、ソファに深く持たれ、目を閉じた。
完全中央集権を敷いていたT国は中心部に向かうほどセキュリティは厳しく、軍関係者や政府関係者以外は入れない構造になっていた。K国がこれらの土地を独占した後もこれらのセキュリティは未だ全ては解明されておらず、民間人が立ち入ることは禁止されている。突然強い衝撃が二人を襲った。オジはとっさに受け身をとった。トビウオのポーズに夢中になっていたネチャンは前方に飛んでいき、ガラスに鼻をしたたかに打ち付けた。衝撃を検知したディスプレイはヨガ動画を切り、外の景色が映し出される。そこには全身を鈍色に光らせた四足歩行ロボットの姿があった。
「メカトロヒポポタマスだわ!」
「なんだって?」
ネチャンがボタンを押すと、車内のカラクリが作動し、アクセル・ブレーキ・ハンドルといった旧型自動車の設備が現れる。運転席に座ったネチャンがアクセルを強く踏み込むと、四輪は悲鳴を上げながら空転し、すぐに地面を捉え急発進した。助手席のオジは座席に押し付けられ、ネチャンがハンドルを切るとドアに頭をぶつける。
「メカトロなんだって!?」
オジがシートベルトを締めながらそう尋ねると、ネチャンが弾んだ声で答えた。
「メカトロヒポポタマス! T国が誇るカバ型迎撃ロボットよ。楽しくなってきたわね!」
車のメーターは230キロを超え唸りを上げる。オジはそのスピードに恐れおののき、シートベルトを握りしめネチャンの横顔を見た。そして彼女の血走った目と満面の笑みに再び恐怖した。彼がネチャンの横顔に絶望している間に、メカトロヒポポタマスは車に追いつき、オジの横の窓ガラスに並走するのが映り込む。
──ドン!
「うわあ、追いついてきた」
「私このロボット大好き! 形が可愛いのよね。キーホルダーもたくさん持っているわ」
──ドン!
車は長い橋の上を渡っていた。その向こうはエリア3、秘密基地があるエリアだ。車はメカトロヒポポタマスの突進を受け、橋の縁に追いやられた。
「形もかわいいし、強いのよ。口からレーザーだって出せるわ」
オジがメカトロヒポポタマスに目をやると、まさにそれは大きく口を開けて内部を青く光らせていた。
「おい、君の好きなレーザーが見れそうだぞ。特等席だ」
メカトロヒポポタマスの口内が一層白く輝いた直後、ネチャンはブレーキを踏んだ。時速230キロで走るメカトロヒポポタマスがレーザーを噴出させながら橋の壁を焼き落としていく。メカトロヒポポタマスはなお熱線を吐きながら急ブレーキ、そしてこちらを振り返ろうと体の向きを変えた。ネチャンはギアを操作しハンドルを切りメカトロヒポポタマスの後ろに回り込むようアクセルを踏んだ。ピタリ背中につくとハンドルを切りながらブレーキを踏む。熱線を吐くメカトロヒポポタマスと自動運転車は背中合わせで数回転。熱線が止み、二機が静止すると、橋は轟音を立て崩れ落ちた。
メカトロヒポポタマスはエネルギー切れで完全に静止していた。
「なんとかなったわね」
「よく見ろ、橋は崩れ、俺達は奇妙なカバと柱の上に取り残されている」
「自動運転車は民間でも採用されているけど、これは最先端なの」
ネチャンがボタンを押すと、車体から両翼が生え反重力装置とジェットエンジンによって、飛び始めた。
「おい、だったら最初から飛んでいけばよかっただろ」
「言ったでしょ。私はメカトロヒポポタマスのファンなの。見たかったのよ」