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コインランドリー

作者: タツ

寝ておきたらこの設定が出来てきました。ホラーにしようかなって思いましたがこっち路線で行かせていただきます。

僕の母親はいわゆる教育ママと言うやつだ。晩婚だったせいもあるだろう。僕に対しての愛情という名の恐怖は相当のものだった。

小さい頃からお稽古事を何種類もさせられ、ピアノ、バイオリン、水泳、英会話、学習塾。。。

上げればきりがない。例によって父親は仕事人間でほとんど家にはおらず、兄弟もいないため母親の愛情は僕一人に注がれた。ピアノの演奏会や水泳の大会等でいい成績を出すと母は上機嫌でご馳走を作ったり好きなものを買ってくれるのだ。しかし、少しでも成績が下がったり演奏をミスると烈火のごとく怒り出すのである。母の異常ともいえる愛情は「わが子以外は全て敵」と子供ながらに思えた。母からみたら全てが競争相手だったのかもしれない。

小さかった頃は何も考えずに母親に従って生きていたがさすがに思春期に突入すると今まで注がれてきた愛情がやたら重たく、いつしか自分が自分のために生きているのか母親のために生きているのかわからなくなっていた。

母親に決められて某有名中学校に進み、そこでも母親の教育熱は冷めることはなかった。自分の中ではすでに決められたレールを歩くのが自分の生きる道だとなかばあきらめに近い感情を抱くようになっていく。

3年生になったある日、今まで通っていた塾ではなくもっと厳しい塾を母が見つけてきたらしく今日からそこに通うことになった。文句のひとつも言いたいところだが何万倍になって返ってくるか分からないので大人しく従うように体には刷り込まれている。

今までは家の近くの塾に行ってたので歩いて行けたが新しい塾は徒歩で行くにはちょっと遠い場所にある。

電車で行くにしても駅から結構歩く。家には車はあるが母は免許を持っておらず、当然、家にいない父親が送り迎えをすることもないので母親に直談判して自転車で通うことをお願いした。

今まではどこに行くにも母親が必ず付き添ってきた。僕の心境としては少しでも母親と離れたい為に、家にいる時間を少しでも減らせるようにと考えていたのだろう。

もちろん反対されるとおもっていたが、あっさり了承してもらった。母曰く「あなたも大人になってきたのね」と、わけの分からないことを言っていたがそれでも短い時間ながら一人の時間ができることに感謝した。

家から塾まで約20分、往復40分の時間はこれまで生きてきた中で最高の時間だった。

誰にも縛られない時間がこんなにすばらしいものだとは思いもしなかったのだ。

目に映る風景全てが輝いてみえた。他人にとってはなんでもないことだが今まで側に母が必ずいた自分にとって自由な時間はたとえようのない体験なのだ。

最初の一、二ヶ月は授業が終わるとすぐに家に帰っていたが、段々と欲がでてくる。

「もっとこの時間がほしい。自分の自由な時間がほしい!!」

そう思い始めると人間ってやつは止まらない。母親には授業が終わった後も「特別授業がある」と嘘をつき出来るだけ遅くに家に帰るようになっていった。

その自由な時間を何に当てていたかというとマンガである。マンガを読んでいると時間が経つのも忘れるぐらい好きなのである。当然、両親が買ってくれるわけもなくこっそり自分で購入して読んでいる。

夏期講習の時期は公園などで読んでいたが、11月も過ぎるとさすがに外で読むには寒すぎる。

どこかいい所がないか探していたとき、塾に通う道すがらコインランドリーを発見した。

年季の入ったいかにもって感じのランドリーだ。24時間営業のランドリーだがお客さんがいるのを見たことがない。ここなら誰にも邪魔されずしかも店の前には自販機もあるのでちょっとしたマンガ喫茶だ。

しかも客の誰かが置いていった週刊誌などもあるのでマンガ好きの僕には天国のように思えるのだ。

毎日、塾に行った帰りにコインランドリーに行くのが僕の日課になっていった。。。


今日もぬるくなったココアを飲みながら、誰かが置いていった週刊誌を読んでいると不意に誰かに見られているような感覚に陥るときがある。ここ半年で分かったことだがこのランドリーは夜はほどんど客は来皆無。きても一人か二人。「地面しかみえないんじゃないか?」って思うぐらい腰の曲がったおばあさんか、いかにも「バンドやってますぅ!!」風な若い男の人ぐらいだ。

視線を感じるときは必ず一人のときしかない。見渡しても誰もいない。幽霊の類は一切信じないがなんとなく薄気味悪い。だが、そんな事を気にするようじゃマンガは読めない!!とまた膝の上にあるマンガに目を落とすのだった。

とその時、自分の眼球の上の方に靴が見えるのだ。女子高生が制服に合わすような靴である。顔を上げると暖かそうなコートを着た同年代ぐらいの女の子が立っていた。

「いっつもここでマンガ読んでるけど家出でもしてるの?」


女の子の話を聞くとどうやら塾の帰りに必ずコインランドリーの前を通り過ぎるのだが通る度に同じ時間、同じベンチ、同じ体勢でマンガを読んでいる自分を見つけたらしい。

何度も見かけるうちに興味が湧いてきたらしく思わず声を掛けてきたとか。

僕としては人に注目されることや興味をもたれることに慣れておらず、同年代の女子と話すのも苦手なのでドギマギしながら受け答えしていた。その反応が面白いのか安心したのか女の子は一方的に話しかけてくる。

「いっつも通る度に今日はいるのかな?明日もいるのかな?とか思いながら通ってるのね!で。今日いたら話しかけてみよう!って朝から思っていたわけなのさ!」

女の子が夜に一人で見ず知らずの人に声を掛けることを危ないと思わなかったのかと伝えると、

「私、結構人を見る目があるの。遠くからしか見てないけどあなたは大丈夫だとおもったの」

それを人を見る目があるかと言うのかはともかく、僕の頭は明日からまた違う場所を探さないといけないという気持ちでいっぱいだった。 

興味や注目されるのは好きではない。むしろ苦手なのだ。ピアノの演奏会なんてものは地獄以外の何者でもない。昔の事を思い出して身震いしている僕を不思議そうに見ていた彼女は、

「で、何で毎日ここにいるの?やっぱり家出?それにしては格好はきれいだし不良には見えないし。。。年も私とそんなに変わらないよね?」

いきなり土足で人の心の中に入ろうとする質問を矢継ぎ早にされてちょっと戸惑いながらも言葉をひとつひとつ選びながら答えていくと今までもやもやしていたのが綺麗さっぱり落ちたのか彼女は満面の笑みで「なーんだ。そういうことだったのだ!!てっきり家出少年だと決め付けていたな~そっかそっか。」

と、一人で自己完結してしまったようだ。僕は謎が解けたので帰るのだと思い込んで女の子から膝の上にあるマンガに視線を落とした瞬間、

「あたしもマンガ好きなんだ!お兄ちゃんがマンガ好きでいっぱい持ってるからついつい読んじゃうんだよね~ちなみになんのマンガが好きなの?」

いつのまにか女の子は僕の横に座り、コートのポケットに手を突っ込みながら話しかけてきた。

今までの人生で女子と二人きりで喋ったこともなければすぐ横に女の子の顔がある状況に頭の中はパニック状態に陥った。

自分でも何を言っているのか分からない。恐らく支離滅裂だったことだろう。あの瞬間を思い出そうとしても思い出せない。たぶん、思い出さないほうがいいのだろう。そう自分に言い聞かせた。

ただ、女の子はパニクってる自分が相当面白かったらしく涙がでるまで笑っていた。

「あ~久しぶりに爆笑したわ。腹筋割れそ~ってヤバ!もうこんな時間だ。早く帰らないとパパに怒られるや。明日もいるんでしょ?また明日ね!」

そう言い残すと彼女はぴゅーと風のように外に飛び出していった。

しばらくの間、茫然自失だったが急に我に帰り時計を見ると12時を軽く回っていた。ジャンパーをはおり、自転車にまたがり家路を急いだ。当然、母親には大目玉を食らったがそんなことどうでもよかった。

一切耳には入ってこなかった。頭の中は彼女のことでいっぱいだった。


今日も塾が終わりいつもようにいつもの場所でマンガを読んでいると彼女も当たり前のように来ていた。

僕は内心ドキドキしながらも平静を装いつつ彼女と接していた。彼女も彼女で最初に会ったときと何一つ変わらず話しかけてくる。「あのマンガ面白いんだよ」とか「このマンガの続き読みたいんだよね~」だとか「あ、こんどあの本貸して」など一方的に喋りまくって、僕はほとんど聞き役になっていた。

話すことは苦手なのだが人の話を聞くのは性格上向いている部類に入ると自負している。

彼女は自分の事を何一つ隠さずに話すので僕が赤面したりすることもしばしば。

よくこんなに話すことがあるなって思うぐらい話が尽きることはなかった。

彼女の話を聞いている時間が僕にとって一番幸せだった。塾が変わらなければ出会ってなかったことを考えると生まれて初めて母親に本当に心の底から感謝したかもしれない。それぐらい幸せだった。

ただ受験が終わるとこの関係も終わってしまうんじゃないかという不安は心の片隅に確かにあった。

受験日が近づくたびに僕の不安は大きくなっている。学校にいても家にいてもその思いはどんどん膨らんでいくばかりだった。告白をすることも考えたが怖くて言えない自分がいた。

一単語を言う勇気すらない。

それでも毎日、彼女と会っている時間だけはその不安から開放されるひと時になっていった。


2月も半ばに入り受験の追い込み期間というのに僕は相変わらず塾が終わるとコインランドリーに向かっていた。いつものようにマンガを読みながら彼女を待っていたのだがいつもの時間になっても彼女が来ない。

出会った日から今まで一回も来なかった日はなかった。携帯もメアドも知らなかった。僕から聞けるはずもなく彼女もまた教えることも聞くこともなかったので僕の番号は分からない。

ここにきたら合える。という暗黙の了解が確かにあった。その日は結局、彼女は現れなかった。

風邪でも引いたのかもしれないな~とか一人で呟きながら家路に着いた。

その日を境に彼女がコインランドリーに現れることはなかった。


彼女の存在が僕の心の半分以上を占めていることを会えなくなって気づいた。いつの間にか僕にとって一番の存在になっていた。彼女の事が頭から離れず、勉強なんて出来る状態ではなかった。もちろん受験は失敗し、公立高校に二次募集でぎりぎり受かったようなものだ。受験に失敗したときは母に殺されるんじゃないかって思っていたが、父のほうがなんとか説得したらしく打ち首にはならずにすんだ。

春休みに入っても僕はまだコインランドリーに通っている。自分の気持ちを伝えるために。


いつものベンチでマンガを読んでいると今まで気がつかなかったけどベンチの間に紙が挟まっているのを見つけた。

恐らく彼女からの手紙だと直感し、慎重に広げてみると彼女らしい文字で書かれていた。

「この場所にいる君へ

  

 手紙を書くのは初めてだね。今までいっぱいおしゃべりしたけどいざ手紙書くと恥ずかしいな。

 急にいなくなってびっくりした?毎日会ってたのにいきなりいなくなったらびっくりするよね。

 え~と何から話そうかな。とりあえず私は元気です。でもこの町にはいません。

 なんでかっていうと小さいときにかかった病気が再発しちゃったみたい。物心つく前に

 その病気にかかったから全然覚えてないんだけどね。それで大きい病院で治療することになったの。

 今はなんともないんだけどいきなり発作が起こるみたいで危ないみたいなのね。

 病院に向かう途中でこのベンチに隠したんだけど君なら必ず見つけてくれると思っていたよ!!

 だから心配しないでね。またこのベンチでいっぱいおしゃべりしようね。

 大好きです。この言葉を君に伝えるためにも必ず帰ってくるからね。

                                              」


大人になった僕は昔ほどではないがあのコインランドリーに通っていつものベンチでマンガを読んでいる。マンガを読んでいる僕にまた彼女が声を掛けてくれるのを待っている。

 






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