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潮騒の王子様

作者: ネクタイ

彼氏に振られた。

都内の水族館に来たときのことだ。

「お前と水族館来てやってんのにつまらなそうにしやがって。別れよう。」

浮気相手といったのを聞いて、珍しくわがままを言った私に対する彼の言葉。

つまらなかった。

手を繋いで一緒に水槽を覗いてくれるわけでもなく、近くのベンチで座ってラインしてるかゲームしてるか。ラインの相手は邪推しなくてもわかる。きっとお前とくるほうが楽しいよとか言ってダシにされるだけだ。

それでも無邪気なふりをして、写真を撮って見せに行けば、

「だから?」

大好きな水槽の世界がグレーに染まってく。

「帰るわ、やっぱおまえといてもつまんね。返事はラインでいいよ。じゃあな。」

ロマンチックな夢を持ってたその場所は地獄の場所へと変わった。



それからしばらくして、一人で江ノ島に来ていた。

彼氏とは当然私のせいで別れた。それでよかった。私じゃあの子には到底勝てそうもない。

今日はそんな自分へのご褒美。

付き合ってる頃は我慢してた一人水族館。

大好きな水槽の世界を見れると思うとワクワクした。

「何名様ですかー?」

「大人いち・・・」

「大人2枚で。」

「え?」

横入りでもされたのかと思ったら、私の横に整った顔立ちの青年がいた。

「おねーさん、オレとデートしよ?」

「チケットですー」

「ありがとう。いこ!」

「え、え、あの!?」


「どこから行こうかー」

「いや、そもそもあなたは誰なんですか・・・」

「オレ?オレはエフィ。呼び捨てでいいよ。君は?」

いつきです。」

「よし、いっちゃん!どこから見たい?」

「あだ名つけてるし・・・」

見知らぬ男が突然デートなどというから不審者だと訴えて警察を呼ぶことができた。なのになぜか、私のスマホが110番をする事はなく、むしろ懐かしささえ感じていた。彼が広げた館内図を覗き込みながらワクワクしている自分がいることに気づく。

これはあくまで自分へのご褒美で、たまたま居合わせた人が増えただけ。

「「あ。」」

同じタイミングで声を上げる。

「行きたいところ、せーの!で指差そうか?」

「うん。」

「せーのっ!」

二人の指が同じ水槽展示を指差す。

「「相模湾大水槽!」」

「目玉だもんね、行こうか!」

エフィが私の手を取って歩き出す。

手を?取って?

「ちょっ、エフィ、手!」

「デートだからねぇ、ふふ。」

離してくれなさそうな笑顔に、仕方ないなあと笑い返して手を握り返した。


「うわあ、きれい!」

「すっごいねぇ、水槽の中からじゃわからない世界だ!」

「たしかに、水槽の中からだとどう見えてるんだろう。」

キラキラとした蒼色。

視界いっぱいに広がるそれを私は夢中で見ていた。


ふわっ


「・・・?」

「カップルならこうするみたいだから少しだけ。」

よく見ると他のカップルたちは大水槽の前で彼氏が彼女をうしろから抱きかかえる、いわゆるバックハグをしていた。

一瞬、嫌な記憶が蘇る。

元カレはそんなこと考えもしてくれなかった。

「水槽に集中して。ほら、エイが2匹で泳いでる。仲良しかな。」

耳元で聞こえる優しいテノール。

私はその声と体温に身を委ねることにした。

「美味しそうと思ったりする?」

「オレはプランクトンしか食べないよ。」

「クラゲみたい。」

「そうだね。」

夢でも見ているようだった。

いつか恋に憧れた少女だった頃の夢を叶えてもらってるんだから。


「イルカショーのはじまりです!!」

ショースタジアムに移動した私達は、隣同士座ってイルカショーを楽しんだ。

両手を叩いて楽しそうにしてるエフィにつられて私も楽しくなる。

気がつけば苦手なショーも夢中になって見ていた。

「ありがとうございました!」

トレーナーのお兄さんたちが一礼して、15分はあっという間に終わった。

「楽しかった?」

「うん、とっても!!」

私は笑顔で返す。その時。

「樹?」

地獄のような声がした。

「あ・・・。」

「別れたばっかりで何してるのかと思ったら男連れで水族館ね?良いご身分だよね、お前。そういうところあるよ、アバズレ女。」

「こいつ、元カレ?」

エフィがイラッとしたような声を出す。

「あなたぁ〜あれ?樹ちゃんじゃん、なんの用?」

そこへ元カレの浮気相手、今は本命相手も現れて私の気持ちはどんどん暗くなる。

「いっちゃん、オレに任せて。」

「えっ?」

「オレがいっちゃんの王子様になる。」

そう小声で私にだけ聞こえるように言うと、ニヤッと笑いながら元カレの方にエフィは顔を向けた。

「その子、辞めたほうがいいよ。」

「は?あたし?」

「この間、✕✕✕水族館に2回それぞれ別の男と来てるよ。クラゲの水槽の前でキスしてた。」

「は、はぁ!?何言って!」

「それ、本当?」

「証人ならいくらでも。どうする?」

「い、意味分かんないし!行こ!」

「お前、浮気してんの?」

「あれは一緒に出かけただけで!そもそもあんたが本命じゃないし!」

「はぁ!?お前何言って!」

「それから、あんた。」

「俺?」

「そ、あんた。」

グッと私を抱き寄せて、エフィは不敵な笑みを浮かべた。

「あんたが泣かせた分、オレがいっちゃんを笑顔にするからよろしくね。いっちゃんみたいな素敵な子、手放してくれてありがとう。」



口論する二人を残し、私達はクラゲ水槽の前にいた。

「ごめん、私、こんな所で会うなんて思ってなくて、それで、あの、ほんと、ごめ」

「なかないの、いっちゃんは何も悪くないんだから。」

シャツの袖口でぼろぼろと零れ落ちた涙を拭ってくれる。泣きたいわけじゃないのに涙が止まらなかった。

「オレ、人間じゃないんだ。」

「え?」

「君が名付けてくれたんだよ、オレの名前。ほら、ここにもオレの仲間。」

少し照明の落ちた部屋の中で、オレンジ色の髪が揺れる。彼が指差した先には。

「パシフィックシーネットルのエフィラ幼生・・・。」

オレンジ色のクラゲになる子供たちが泳いでいた。


思い出した。


あの水族館で振られた日。

密かに泣きながら見たクラゲの子供に、安易な名前をつけてみて一人で可笑しくて笑った日。

「泣いてた君がオレを見て笑ってくれたんだ。エフィって。オレこの娘のこと守りたいって思って、クラゲのままじゃ守れないって思って、神様にたくさんお祈りした。そしたらさ。」


ぎゅっ


「君にここで会えた。」

「うん。」


抱きしめた体温は少し冷たい。

なのに心が今までの何より暖かい。


「オレとポリプ育ててくれませんか?」

「それじゃクラゲのプロポーズだよ。」

「それもそっか、あはは。」

「そうだよ、ふふふ。」


ある日、水族館の入り口で突然現れた潮騒の王子様。


優しくて、かっこよくて、きっと何度でも好きになる。


でも気をつけて。


その触手に捕まったら、さいご。


「もう、はなさない。」

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