特務暗殺部隊
ローグ王は難儀していた。自分の王国を我が物顔で変えていくボルド。未だ底知れず、未だ腹の内を明かさぬ謎多きボルドは、ローグ王の悩みの種と同時に、最も恐ろしい人物でもあった。
だというのに、民衆を始め、王国内の半数以上の者がローグ王ではなく、ボルドを支持している。ボルドがその気なら、いつでもローグレット王国はボルドの物となり得る。
しかし、いつまで経ってもボルドが何か仕掛けてくる兆しは無い。今回のガルディアとの友好条約も、私利私欲でなく、ガルディアの貧困具合を憐れんだ上での行為。全ては他人の為、自らの命など投げ捨てて、他人の人生をその眼で見ている。ボルドは言わば、弱者にとっての神。
「神を崇める者が、神になりうる訳はないが……今の状況は、あまり面白くはない」
ワインを片手に持ちながら、ローグは自室に飾っている若き日の自分の肖像画を見た。王の威厳は薄く、未来に希望を持った青二才の眼をしている。ローグは若き日の自分がボルドであれば、どれほど楽なものかと想像し、笑い、そして怒った。
「ふざけるなぁ!!! あやつの方が優れているとでも言いたいか!? あやつの方が王として相応しいと思っておるのか!? 違う!!! あやつはただの司祭! ただの人間!! ただの弱者だ!!!」
ローグはワインを飲み干し、机の上に置いていた王冠を手に取り、愛する人に抱擁を交わすように頬ずりをした。
「俺は王として産まれ、王として学び、王として冷酷となった! そうだそうだ! 俺は神に捨てられたのではなく、神を捨てたのだ! ハッハハハハ!」
怒りを狂気に変え、狂気を笑いに変え、ローグは狂い続けた。そして、影に潜む右目に眼帯を着けた長身の男が、その様子を静かに傍観していた。
「頼んだぞぉ? 特務暗殺部隊隊長、ヴェンヴェッド~?」
ヴェンヴェッドは無言のまま、ローグの部屋から出ていった。【特務暗殺部隊】、ローグレット王国の切り札。部隊人数は5名と少人数だが、戦力は一個小隊相当、状況によっては一個大隊の力を持つ集団。全員が身元不明、年齢不明、性別不明と謎に満ちている。そして彼らこそが、魔王討伐を成し遂げた勇者を処刑した者達である。
城から出たヴェンヴェッドが道を歩いていくにつれ、闇夜に紛れていた隊員達がヴェンヴェッドのもとへ集結していく。皆、ヴェンヴェッドに瓜二つの容姿をしていた。
「隊長、我らが敬愛する王様の様子はどうでしたか?」
「それを言うなら、酒に溺れたジジイの間違いでしょ?」
「いやいや、ありゃボロ雑巾さ! 絞れば溜まりに溜まった膿が出てくんじゃねぇか?」
「あんたら気を緩め過ぎよ。ヴェンヴェッド、今回の標的は?」
「ローグ王の側近。教会の司祭……ボルドだ」
「司祭って、あの金髪か? ハッ、楽勝だな!」
「甘く見過ぎるな。奴は勇者以上の実力を持つ存在かもしれん」
ヴェンヴェッドの言葉に、部隊員は満面の笑みを浮かべた。誕生日プレゼントを前にした子供のように、口角を吊り上げ、目を見開いていた。
「あのガキは楽しかったな~!」
「少し、期待外れではありましたがね」
「アイツの断末魔を思い出すだけで私、ゾクゾクしてくるわぁ……!」
「勇者以上か……誰か死人が出るかもね」
「例え腕を折られ、足を折られ、首を折られても、殺意を抱き続けろ……死ぬまで殺して、死ぬまで殺せ……!」
「「「「了解……!」」」」
ヴェンヴェッドを始めとした特務暗殺部隊は、二刀の短剣を手に、ボルドのもとへと忍び寄っていく。
一方その頃、ボルドは教会で一人の少女の賛美歌を聴いていた。教会のステンドグラス越しに差し込む月の光に照らされた少女の姿は美しく、想いの籠った歌声で歌う少女に、ボルドは慈しみのある眼差しを送っていた。
少女が歌い終わると、ボルドは拍手を送りながら歩み寄り、少女の手を優しく握った。
「ありがとうございます、アリス。素晴らしい歌声と信仰心でした」
「ありがとう。でも、勝手に孤児院を抜け出してきてしまって良かったのかしら?」
「これは私のワガママ。賛美歌を歌う子供達の中で、君の歌声が特に心に響き渡ってきました。院長のお叱りは、後でしっかりとお受けします」
「でも、驚いたわ。こんな夜更けに、ボルド様が私の部屋の窓を訪ねてくるだなんて。夢……そう、まるで夢の中にいるみたい」
「アリス?」
「……ボルド様!」
アリスは、ボルドの胸へ飛び込んだ。ボルドの温かさに身を熱くし、穏やかに波打つ鼓動に安らぎを覚え、このままボルドの中に溶けて入り込みたいと思った。まだ15の少女であるアリスは、ボルドを愛していた。
「あなたを想って安らぐ心は、あなたを想って湧き上がるこの熱は、一体何なのでしょう……! 体は大人に変わり始めていても、心は未だ未熟なまま……教えてください、ボルド様! 私のこの想いは、許されるのでしょうか……?」
高揚しているアリスの声は、不安で震えていた。子供の時は抱かなかった未知の想いは、アリスに興奮を抱かせ、同時に恐れをも抱かせる。それを理解し、受け入れるには、まだ少女であるアリスには難しい想いであった。
するとボルドは、アリスの肩に手を置き、ゆっくりと、そして優しく自分から離した。
「顔を上げなさい、アリス」
怯えた表情のまま、アリスは恐る恐る顔を上げる。ボルドは依然として変わらぬ、慈しみのある眼でアリスを見ていた。
「アリス。大人とは何でしょう?」
「それは……自分の事を自分で、決められる人の事……でしょうか?」
「アリス。人は皆、自分自身の事を自分で決める事が出来ません。人は他人、もしくは周囲の環境で、物事や足取りを決める生き物なのです」
「それでは……大人とは、一体いつなれるのでしょう?」
「アリス。大人というものは、人が勝手に作り出した概念に過ぎません。人は皆、神の子なのです。神は人に愛と試練を与えてくださいました。今あなたが抱いている想いこそ、神が与えてくださった愛なのです」
「……では、この迷いは試練?」
「そうです。試練の答えは、人それぞれ。あなたはあなたの答えに辿り着きなさい」
「私の、答え……はい、分かりました。ありがとうございます、ボルド様……!」
抱き始めた熱を持つ想い、それに伴う恐れ。それらを大切にしまいこむように、アリスは自身の胸に手を当て、目を閉じた。
「もう15ですか。大きく成長しましたね、アリス」
「あなたが、ボルド様が私達孤児の面倒を見てくださったからですよ」
「翼を持たぬ小さき者が、翼を生やして天使となるか……ん?」
温かさに包まれた教会内に、凍り付くような殺気が混じってきたのをボルドは感じ取った。
「……アリス。少しの間、裏に隠れていなさい」
「え?」
「罪人がここへ死を運んでくる」
ボルドはアリスを裏に隠れさせると、自らは教壇の前に立ち、こちらへ忍び寄ってくる特務暗殺部隊を待ち構える。
「さて、ローグ王よ。切り札である特務暗殺部隊の手腕、見せてもらおう」