王の威厳
伝令から緊急の報せがあると聞き、ボルドは謁見の間に訪れた。謁見の間に入ると、既に王国の兵士長や幹部達が招集されており、重苦しい空気が漂っていた。
嫌な空気を漂わせる彼らにボルドは眉をひそめながら、ローグ王の隣の位置に向かおうとする。
すると、自分の隣に近付いてくるボルドをローグ王が手で制し、中央に立たせた。
「ボルドよ。此度の招集は、貴様の勝手な行動について問いただすものだ。そこに立て」
「ほぉ、勝手な行動とは?」
「とぼけるでない! 貴様、我の許可なくガルディアと友好条約を結んできたであろう!」
「しかしローグ王。それは貴方の指示で行った事ですが?」
「我は奴らに報せを送れと命じたのだ! 戦争を開始するとの報せをだ! それが何故友好条約などというものに!」
ローグ王の怒号と共に、周囲の兵士長や幹部達が騒ぎ始める。周囲の嫌味や文句の言葉に、ボルドは肩をすくめると、胸ポケットから懐中時計を取り出し、今の時間を確かめた。
「何にせよ、早い内に終わらせてください。今日は昼から教会で孤児院の子供達が賛美歌を歌ってくださるのです」
「歌などどうでもよいわ! 此度の件、どう責任を取るというのだ!」
「責任、とは?」
「此度の友好条約! 条約を結んできたばかりか、内容は我々に不利な条件ばかりだ! 何故我らがガルディアに物資と人員を分け与えねばならんのだ!」
友好条約とは国同士が友好を結ぶにあたり、お互いの利点となるものを平等に与え、同等の存在とする条約。
ボルドが結んだ友好条約は、ローグレット王国がガルディアに資材を与える約束に対し、ガルディアからは見返りを求めないという、平等とは程遠いものであった。
本来であれば、この条約は国の代表者同士、つまりは王と王が結ぶもの。ローグ王の側近であるボルドが結べるものではない。
しかし、ガルディアを訪れたボルドには、戦争開始の報せをする王の代理人としての立場があった。これを利用する形で、ボルドはローグ王の代理人としてガルディアと条約を結んだのだ。
本来の目的を忘れ、代理人という立場を利用した明らかな離反行為である。死罪となっても文句は言えない罪であった。
「貴様の功績は我も、ここにいる者も分かっておる! 魔王到来の予知、勇者を我が国の兵に出来た事、そして裏切りを企てていた勇者の処刑。誰もが気付けない事に一早く貴様は気付いていた! だからといって、好き勝手やる貴様を見過ごす事は出来ん!」
ローグ王は召使いであるレインを呼び出し、用意していた物をボルドに渡させた。まだ成人を迎えていない青年レインは、この場の空気に怖気づいており、ボルドのもとへ行く足が不安定に、不規則に進んでいく。そんなレインの姿に、ローグ王は鼻で笑い、周囲からは蔑んだ眼で見られていた。
しかし、ボルドだけは違った。不安そうに目を泳がせるレインにボルドは自ら近付き、レインの肩に手を置いて母親のような愛のある眼でレインの目を見た。
「大丈夫かい、レイン?」
「ボルド様……」
「怖がる必要はない。ここに獣はいない。彼らは皆、君と同じ人間なのだよ」
「すみません……少し、場の空気に怖気づいてしまい……」
「であれば、外の空気を吸ってきなさい。君の役目はそれを私に渡して終わる」
「……はい」
レインはローグ王が用意していた書状をボルドに渡すと、ボルドに背中を押される形で外に出ていった。レインがこの場から逃げていったのを見送ったボルドは、改めて書状に目を通す。書かれていた内容は、ボルドが予想していた通り、ガルディアへの派遣命令であった。
「私だけがガルディアへ行けと?」
「何が不満か? ガルディアと貴様の望みであろう?」
「私一人だけというのは、不十分かと」
「ハッ! 身勝手な行動を起こしておいて、自らが推薦された途端にこれか!」
「いえ、不満はありません。ただ、これではガルディアの民をこちらへ運ぶ際に少々手間がかかりまして」
「……今、何と言った?」
予想外の返答に、ローグ王は目を見開いた。あれだけ好き勝手な行動を起こした挙句、ボルドは未だ何かを企んでいたのだ。堪えに堪えていた怒りが、怒号と共に噴き出した。
「貴様ッ!? 友好条約だけでなく、移民まで引き入れようとしているのか!?」
「ガルディアを訪れた際、熱心な信者達と出会いましてね。貧しさなど意に介さず祈り続けるその姿に、つい約束をしてしまいました」
「もうよい!!! 貴様の身勝手さにはウンザリだ!!! 衛兵!!! コイツを牢屋に投げ入れろ!!!」
すると、6人の衛兵が謁見の間に入ってきて、ボルドを捕らえようとしてきた。
「貴様もこれで終わりだ! せいぜい牢屋で神に祈っているのだな!」
「私が間違った行いをしているのであれば、罰を受け入れましょう。その罰とは、神が下される神罰。私に罰を与えるかどうかは……王よ、あなたではない」
衛兵がボルドを捕らえようとしたその時、天井に吊り下がっていたシャンデリアが、突如として落下した。落下した先にはボルドを捕らえようと近付いていた衛兵達が立っており、一人残らずシャンデリアの下敷きになった。
「なっ!?」
あまりのタイミングの良さに、ボルド以外の誰もが驚いていた。単にシャンデリアが劣化していただけでは片付けられない、何者かが介入した力を感じていた。
周囲の人が固まっている中、ボルドはシャンデリアの下敷きになった衛兵達に祈りを捧げ、見開いたままの目を閉ざした。
「自らの役職に囚われ、正しさとは何たるかを忘れた者達よ。天国にて悟りを開く事を願っている」
ボルドは懐中時計で現在の時刻を確認すると、足早にその場を後にした。誰もボルドを引き留めようとはしなかった。引き留めれば、下敷きになった衛兵達のように、自分も何らかの罰が下ると考えていたからだ。
「おのれ、ボルド……!」
怒りと恐れを抱いたまま、ローグ王は去り行くボルドの背中を睨む事しか出来なかった。