世界の真実
毒煙によって気を失っていたフェンリルが目を覚ました。目覚めたばかりでボーっとして夕焼け空見ていると、背中が擦れていく感覚から、自分が今引きずられている事に気がつく。顔を少し上に上げると、両腕を縛ってあるロープの先にルロウの後ろ姿があった。
「……俺をどこへ、つれていく……?」
「お、目覚めたか。死んでなくて助かったよ。毒の煙で死んだとなっちゃ、俺が殺した事にならないからな」
「……王国からの、殺し屋か」
「残念ハズレ。職も家も無い、ただの浮浪者さ」
「……いくらだ?」
「金貨5枚」
「安い金額だ……!」
フェンリルは飛び起きると、ロープを引っ張ってルロウを自分の方へ引き寄せた。ルロウの顎に肘を当てようとして避けられてしまったが、懐からナイフを盗む事が出来た。フェンリルは盗んだナイフで腕のロープの拘束を切り、ナイフを逆手に持ち変えて戦闘の構えを取る。
「流石勇者の仲間だ。盗みも一流とはな」
「悪いが、まだ死ぬ訳にはいかない。この世の悪を滅ぼすまでは、死ぬ訳にはいかないんだ」
「悪ってのは?」
「お前のような奴だ!」
フェンリルはルロウに襲い掛かった。狙いは腕の腱、首。単純な攻撃では簡単に避けられてしまうので、時折フェイントやナイフを持つ手を変えたりしていく。
そんなフェンリルの狙いをルロウは既に勘付いており、ワザとフェンリルが狙う部位を近付けてから避けていた。
しかしフェンリルに隙がある時は容赦なく反撃し、徐々に徐々に、フェンリルを痛めつけていく。
「ぐっ!?」
「どうした? まだ毒が効いているのか?」
「お前はどうなんだ……!」
「俺はタバコ吸ってるから耐性があるんだよ。ヘビースモーカーの利点の一つだな」
「ふざけるなぁ!」
余裕を見せるルロウに、フェンリルは怒りに身を任せて、真っ直ぐ単純にナイフを突き刺そうと突っ込んだ。ルロウは突き出してきたフェンリルの腕を掴み、円を描くようにフェンリルを投げ飛ばす。背中から地面に激突したフェンリルは呼吸が出来なくなってしまい、身動きが取れぬ間にナイフをルロウに取られてしまう。
「あのヘンテコビックリな鎧が無きゃ、呆気ないものだな。よく今まで生きてこられたな?」
「……何者、なんだ……?」
「ハァ。口を開けば何者だ何者だ。他に言う事無いのかよ?」
「……俺がここまで子供扱いされたのは初めてだ……それも、人間に」
「オジサンは怖いぞ~! お前ら若者より長生きしてる分、色々経験してるからな!」
「ふざけるな……俺は、魔王を倒した―――」
「知ってる知ってる。茶番劇に熱中してた一行だろ?」
「茶番だと……!?」
「ホントの事さ」
ルロウはナイフの刃先をフェンリルのオデコに当て、皮膚に突き刺さらないようにしながらトントンとしていく。
「お前ら勇者一行の目的はなんだ?」
「……世界を侵略する魔王を倒す事だ。神の使いとして降り立った勇者と共にな」
「おかしいと思った事は?」
「なに?」
「魔王と勇者。ほぼ同時期に現れた両者。熱心な神様信仰の間じゃ、予め予見していたからだと言われているが、あまりにも都合が良すぎる解釈だ。だが、真実はそんなに複雑じゃない。魔王と勇者の登場と戦いは注目を集める為の茶番劇だったのさ」
「ふざけるな! あの戦いでどれだけの犠牲者が出たと思う!? それでも茶番だと言うのか!?」
「ああ。神様の本当の目的から注目を避ける為の、致し方ない犠牲さ」
すると、フェンリルの視界に映るルロウに変化が起き始めた。ルロウが纏うコートが歪み始め、やがて赤い眼の獣となってフェンリルを見下ろしていた。
「ッ!?」
「神様ってのは、人が思っているよりも気まぐれで残酷さ。この空の何処かで見ていた神様は、ある日突然この地上に足を踏んでみたくなった。その為には器が必要だ。だが、神様の器になれる存在は、神様と同程度の存在だけだ……悪魔だよ」
「悪魔……?」
「悪魔ってのは、破壊思考で、残忍で、恐ろしい存在だ。悪魔はいつもこっち側に来ようと虎視眈々と狙っている。そしてある日、その時が来た。狙いは弱い男だった。何者でもない男は、周りが神様を信仰している中、悪を望んだ。男の望みを叶える形で悪魔は顕現し、男の中に入り込んだ……だが、そこに神が乱入した。神は悪魔が宿った男に乗り移り、我が物にしようとした。運の良い事に、悪魔は完全に取り込まれる寸前で逃げ延びる事が出来たが、不完全な状態でこの世界に取り残され、元の力のほとんどを神に取られてしまった」
ルロウがそう言うと、コートから現れていた獣がフェンリルの首に噛みつき、血を吸い込んでいく。為す術無く血を吸われてしまうフェンリルは、すっかり怯えた表情になり、どんどん年老いていく。
「奴が何処に潜んで、何を企んでいるかは知らんが、必ず見つけ出す。その為にも、少しでも力を蓄えないとな」
「お……前……は……」
「ただの人間だ……今はな」
フェンリルの意識が途切れていく中、最期に見えたもの。それは、眼を赤く光らせ、嬉しそうに笑うルロウの顔であった。
ルロウはフェンリルの生命力を全て吸い尽くすと、コートに現れていた獣を引っ込め、ポケットに入れていたタバコを口に咥えた。
「金も手に入れて、力も吸い込めた。さて、次は何処へ向かおうかな?」
進む道に迷っていると、ルロウの頭上を鴉の群れが飛んでいった。
「死を予知する生き物よ、その方向へ向かえばいいのだな? ま、何でもいいけどよ、次はもっと大人数で頼むぞ? 一人二人じゃ腹の足しにならん」
異世界マリンフィールド。この異世界ではかつて勇者と魔王の戦いがあった。人々が勇者と魔王の戦いに気を取られている間に、神と悪魔の衝突が起きていた。神は完全なる器を手に入れて君臨し、悪魔は不完全な器でこの異世界を彷徨っている。
神への復讐を胸に、かつて悪魔であったルロウは、本来の悪魔の力を取り戻す為に、死地へと赴くのであった。
次回から1章開始です
人物紹介
【ルロウ】
・30代の無精ひげと白髪交じり黒髪の黒いコートを纏う男
・正体は悪魔であり、現世に現れかけた時、神に器と力を奪われてしまう。完全に奪われる前に逃げ延びる事が出来たが、悪魔の力の無い残りカスの肉体となってしまった。以来、自身の力を取り戻す事と、神へ報いを与える為に、放浪の旅を続けている
・タバコが好物であり、ギャンブルも好む。感情で動く性格の為、最終的にギャンブルで勝った試しが無い