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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編

悪役令嬢なら今、私の隣で寝ている~破滅回避に失敗し、私に捕えられた貴女~

作者: れとると

()の望み> 【ティナ視点】




 薄い掛け布から覗くその肌を、三本の指の腹でなぞる。


 触られる側を悦ばせるソフトタッチ、ではなく。


 そのみずみずしく、泡のような肌を味わう手つき。



 私の手はそろそろ渇きを覚えつつあり。


 また、潤いを求めているが。


 しっとりとした、汗の感触に先に辿り着いた。



 荒く濡れた息。


 蒸気すら感じる火照り。


 屈辱に濡れた、瞳。



 彼女の、情欲の痕。



 ……たまらない。


 腰から昇る背筋の震えが、おさまらない。



 これは屈服を促す儀式、ではない。


 ただ私が、満足したかっただけ。


 あるいは、待ちきれなかっただけ。



 どのくらい、だったか。


 合計すると…………ずいぶん、長くなったように思う。


 ()()()()()、年齢を揶揄されることはあったかもしれない。



 その未来は、もうなくなったけれど。


 私たちは、国からは追放されたようなもの、だ。



 彼女の肌を味わっていた手を、名残惜しく離し。


 指を、鳴らす。


 手のひらを叩いた中指が、彼女の呼吸より僅かに大きな音を立てた。



 彼女――――ラフィーネの手足の、拘束魔法が解け。


 僅かに驚きを宿したその瞳は、すぐに私を見上げ、睨みつけた。


 切れ長で、険の強く、意思の輝きが宿るような、目。



 ああ……見られている。



 歓喜を覚え、思わずじっと覗き込むと。


 力なく振るわれた彼女の手のひらに、頬を叩かれた。


 乾いた、あるいは少し濡れたような、小さな音がした。



 痛みは、ほとんどない。


 身を起こしたラフィーネは、体を支えるのがやっとの様子で。


 心はともかく、体はついていかなようだった。



 そもそも、この子はあまり体を鍛えているほうでもないし。


 ここで私が押し倒したら、簡単に押さえ込まれてしまうだろう。


 けど、それとこれとは、別。



「…………痛いです」


「やってくれたわね、ティナ!!」



 私の訴えは、思いのほかしっかりとした声で、押し返された。



「どれのことです?」


「全部よ!


 今のも!


 私を破滅させ――――この国から追いやったのも!!」



 人聞きの悪い。


 その通りだけれど。


 王国のアングレイド侯爵令嬢、ラフィーネ・セレプトは破滅した。



 約束された自らの破滅を、懸命に回避しようと動いたラフィーネ。


 その計画をずたずたに引き裂いたのは。



 この私だ。



 少し目を伏せ……ここしばらくのことに、思いを馳せる。




  ◇ ◇ ◇




<ラフィーネの見た光景> 【ラフィーネ視点】




「アングレイド侯爵令嬢、ラフィーネ・セレプト!


 数々の非道、許しがたい。


 私はセンシル王国王太子として、その所業を断罪し!


 お前との婚約を破棄する!!」



 やっと来たわね!



 王立魔法学園の悪役令嬢断罪イベント!


 断罪されるのはこの私、前口(まえぐち) 恵美(えみ)ことラフィーネ!!


 年は内緒です。聞かないで。



 乙女ゲーム『Sentence・Illusion』。


 そのゲームの、百合同人本を書いていたのだけど。


 大幅改稿になって、ぎりぎりになっちゃって。



 やっと原稿あがって、慌てて印刷所に持ち込み。


 冬の即売会間に合ったわよかったーと安堵したその時!



 たぶん隣の工場が大爆発!


 巻き込まれてアグレッシブに死んだ私!


 で。気づいたらそのゲームの悪役令嬢、ラフィーネ(4歳)になっていたのよ。



 ち が う そ の 子 は 私 の 推 し じ ゃ な い 。



 私の最推しはヒロインの親友、ハーピー。平民。通称ハッピー。


 小動物系で可愛らしいのだけど、時々ヒロインに対する感情が重い!


 覚悟決まってて湿度がお高い!しかも見た目に反して有能親友キャラ!



 こんなやつ現実にいねーよwwwwwってなりながら。


 それでもそこでしか補給できない栄養素を、摂取しておりました。


 つい滾ってハッピー×ヒロインを書いてしまった。



 しかも、即売会終わったらハッピーのアンソロやりませんか?って呼びかけたら。


 なんか結構反応よかった。


 深夜のテンションで、ハッピーセットとか名付けるんじゃないわよ私。



 私自身は、主に見て愛でる方なのだけど。


 百合はいい。


 とてもいいものです。



 でもそのハッピーが……いなかったのよ。



 自身の破滅の回避を準備しつつ、10年の貴族生活に耐え。


 やっと来た学園での、ヒロインとの遭遇イベント。


 その横にいるはずのハッピーがいなかったときの、私の絶望といったら……ッ。



 悪役令嬢ほどほどにしながら、ヒロイン・ティナとハッピーの絡みを見られる日々が!


 楽しみにしていた生ハッピーセットが!!



「――――聞いているのか!」



 おっと王太子がご立腹だ聞いてませんでした。


 ハイン王子はゲームキャラらしく、振る舞いが大仰だ。


 必要もない身振り手振りで、いろいろアッピールしてくる。



 金髪碧眼の優男、すらっとした長身、顔はもちろんとってもいい。


 中身もしっかりとした第二王子。


 第一王子は問題があって廃嫡されたので、この方が王太子だ。



 好みだが萌えない。生ハインはなんか違った。


 ちょっと大げさで、お近づきになりたくない。


 正直婚約破棄ばっちこいです。望むところだおぉん?



 彼はヒロイン、ティナ・バジール男爵令嬢をかばうように立ち、私を指さしている。


 現代ならマナー違反だけど、ここじゃ私の方が不敬なのよね。



「拝聴いたしました」



 嘘だけど。


 まぁ内容は覚えてるし。ゲームで。



「ですが事実無根です。


 ティナ嬢とはわたくし、関わったことがありませんもの」



 そう。ゲームでは婚約者を奪われそうになり、嫉妬に狂った悪役令嬢。


 ヒロインを苛め抜いて、王太子に婚約破棄される。


 そして家ごと没落して、破滅するのだ。



 だから私は、徹底的に彼女を避けた。



「残念でしたわね!


 わたくしは潔白です!


 オホホホホホホホ」



 思わず令嬢笑いでちゃいました。



 ふふん。フラグ管理は完璧なのよ。


 ただやっぱりイベントの発生そのものは、さすがに回避できないわよねぇ。


 そういうものでしょ?こういうのって。



 だからとにかく、対策をがんばりました。


 発生してしまった時に備えて、孤立しないように味方も作ったわ。



 先ほどから私の少し後ろに控える、コール伯爵令息のマイル殿。


 タイル子爵のご令嬢、リィン嬢。


 平民ですが商家のエィンリア・ゴーツ嬢。



 いずれも、当家と関係深い頼りになる者たち!


 ヒロイン・王太子にも宰相や騎士団長のご令息がついてるけど、負けはしないわ!!



 そして私は、油断しない。


 我が侯爵家は仮にこの国で没落しても、安泰よ!



 あれでも。


 王太子、断罪とおっしゃったような。


 ……つみ?何かしら。いじめで婚約破棄ではなく??



「何の話だ。ティナは関係ない」



 へ?




  ◇ ◇ ◇




<ティナの描いた光景> 【ティナ視点】




「ち、がいますの?」



 高笑いしていたご令嬢が、明らかに狼狽えている。


 彼女はゲームの通りに、事が進むと思っていたのだろう。



 でも、気づかなかったのだろうか。


 ハーピーがいないことの、意味に。



 ヒロイン・ティナへのいじめは、自称親友のハーピーが。


 針小棒大に王太子に報告したことだ、ということに。



 正直、あなたがそれに気づいていないとは、思えないのだけど。


 呆れるほど読み込むし。考察魔だし。


 知ってたんじゃないの?



 ハーピーは、魔王の送り込んだ刺客だ。


 彼女の存在ゆえ、この後のヒロインたちの道行きが、非常に厳しいものになる。


 国の要であるアングレイド侯爵家が没落したのだって、彼女の企みによるものだ。



 これは本編では語られていないが、メディアミックスされた小説版で明らかになった事実。


 魔王視点で、ドマイナーな出版社から出たものなので。


 魔王に興味がなかった彼女が知らないのは、無理もないが。



 小説、嫌いだったしね。


 勧めても読まないんだもの。


 出たばかりなので、私もほとんど読んでなかったけれど。



 ハーピー推しだった彼女。


 その情報を教えようと思って送った、メッセージに。


 既読がつくことは、なかった。



 爆発事故に巻き込まれたなんて、未だに信じられない。



 私?私はすぐに後を追った。


 家族もいなかったし。私には、彼女しかいなかった。


 まさかゲームのヒロインに転生させられるとは、思ってなかったけど。



 彼女が「前口恵美」だと気づいたのは、ほとんど勘だ。


 一応、根拠らしきものはあるけれども。



 まずハーピーがいないことに、明らかに愕然としていたことが挙げられる。


 次に、ヒロイン・ティナとの接触を、病的に避けていたことだ。


 彼女でなかったとしても、ゲームを知らなければラフィーネ嬢がとる行動ではない。



 確認は、後にたっぷりとさせてもらった上で。


 恵美でなければ……どうしよう。


 考えていなかった。



「お前と関わりのある、コール家、タイル家、ゴーツ家それぞれに。


 横領を始めとした犯罪、さらにアングレイド家を中心とした国家反逆の疑いがある」



 断罪が進んでいる。


 そう、断罪。


 ゲームでは「婚約破棄イベント」。



 聖女たるティナを虐めるお前など、婚約者として相応しくない!


 という内容だ。



 だがこの現実は、違う。



「んなっ!?そんな、証拠など……」


「ある。十分に集めさせてもらった」


「はぁ!?そんな、馬鹿な」



 でっち上げである。


 ハーピーがやっていたことを、被ってもらうことにした。


 そうしないと、それらの罪状は王太子たちに降りかかる。



 当然、私の実家にもだ。


 うちはハーピーの面倒を見ている。


 必ず巻き添えとなるだろう。



 両親には、十分な情と、恩を受けた。


 私の家族になってくれた人たちに対して、恩を仇で返したくない。



 今後を見据えて、国からの脱出は進めてもらっているが。


 大きな罪の渦中に巻き込まれると、それは難しくなる。


 適度に、国にいられないようにしなければならない。



 魔王はいずれ討伐されるし、その戦いはもう始まっているけれど。


 決戦の舞台となるのは、この国。


 もたもたしていると、私のこちらの家族は、みな死んでしまう。



 ハーピー自身?


 第一王子が懐柔して、いま魔王軍と戦ってる。


 情報を知っているせいか、大した戦果だそうで。



 元々、彼女が動いていた動機は、魔王への復讐。


 この辺りは、小説の序盤にあった。



 彼女は家族を殺された恨みを晴らすため、機会を伺っていたようだ。


 王国と魔王を激突させることで、それを叶えようとしていて。



 この現実では、その本懐を自らの手で果たしている最中だ。



「魔王との内通嫌疑もある。捕えろ!」



 警備に紛れて用意されていた兵たちが、四人を囲む。


 …………魔王との内通?それは聞いた覚えが、ないけれど。はて。




 考え事をしていた私は。


 この時、一つ大事なものを――――取り押さえられている彼女の、表情を見逃していた。




  ◇ ◇ ◇




<ラフィーネの後悔> 【ラフィーネ視点】




 目を覚ますと。


 馬車に揺られていました。



 …………地下牢とかではなく?なぜ??



 後ろ手に、縛られている、ようで。身動きがとりづらい。


 体が起こせない。



 最後の記憶は、夜会の場で捕えられたところだったはず。


 そこから……随分時間が、経っている、ような。



「おはようございます。ラフィーネ様」



 少し上から降ってきた声は。



「…………ティナ嬢、だったかしら。


 なぜ。私は、どうなるの?」



 乙女ゲームヒロインのかわいらしさが欠片もない、怜悧な顔の男爵令嬢。



「私が嘆願し、ラフィーネ様を減刑していただきました。


 代わりと言ってはなんですが、当男爵家もお取り潰しです」


「はぁ!?なぜそのような」


「王国は主戦場になる。


 このままいては、私の家族も犠牲になるので。


 取り潰しは表向きの沙汰で、ただの爵位の返上です」



 本当に、先の場の通り、なら。


 そんなことが、通る、はずが。



「……納得いきません」


「国が戦場になるなんて、ですか?」



 …………それよりも、もっと。


 私が、納得、できないのは。


 わからないのは。



 あなたの、目的。



「いいえ。ならあなた一人で逃げればいいでしょう。


 なぜ減刑嘆願までして、私を連れ出したのです」



 私はある意味、破れた。


 そのはずなのに。



「私を貶めたのは、あなたなのではないですか?」


「そうですよ」



 まさか、とは思っていたけど。


 やっぱり、ヒロイン・ティナは――――!!



「ではなぜ!」


「あなたが欲しかったからです」



 予想外の答えに。


 本当にほんとうに、夢にも思わなかった、こたえに。



 私は動けなくなった。



「…………………………………………は?」



 かすれたような、声が出た。



 喉が急に乾いて。


 瞬きが減って、目も乾いて。


 息が、言葉が、続かない。



「ああ、もちろんこう……性的な意味で、です。


 お嫌でしょうが、抵抗少なくお願いいたします。


 傷つけたくは、ありませんので」



 私の心は、深く深く、傷ついた。



 なら私は、あんなことしてる場合じゃ、なかったのに。



「では……いいですね?」


「……………………ぇぇ」



 馬車が、ゆっくりと郊外の小さな屋敷の前に止まり。


 私は拘束されたまま、中に連れ込まれ。


 慰みものに、された。




  ◇ ◇ ◇




<ティナの懺悔> 【ティナ視点】




 さて。十分堪能したことだし。


 そろそろ両親とも合流し、国を出なくては。



 ああもちろん、先のあれやこれやは、私が勝手にやったことではない。


 魔王との戦があるから逃げようという話は、両親からされた。


 伝手があるそうで、そこからの持ちかけとのこと。



 怪しいが、主戦場になるのは確かだし、私はこれを応諾。


 第一王子のカイル様に相談したところ、こういう方向性になった。


 彼にハーピーを押し付けたのは私なので、そこからの縁だ。



 意図通りに、進みほくほくしていたが。


 カイル様に、働きに対する報酬を尋ねられた私は思わず。


 ラフィーネ……恵美の身柄をねだった。



 そうしてそれは、叶えられた。



 私は彼女が恵美だと、確信はしていたが。


 二人きりのやり取りの中で、それを確固たるものにした。



「なぜ、こんな真似を、したのです」



 彼女が、噛んで含めるように言う。


 その言及は、体を好きにしたこと、に対してではなさそうだ。



「ですから、あなたを手に入れるためです。


 この国で、それは叶いませんし」



 転生前にいた、あの国でも。



 こうでもしなければ……あなたは手に入らなかった。


 その肌に触れることさえ、叶わなかっただろう。


 それはもう、我慢ならなかった。



 たとえ、嫌われようとも。


 悍ましい趣向だと、罵られようとも。


 もう、あなたに触れられないのは、耐えられなかった。



 …………ごめん。


 やってしまった後で、言えないけれど。


 ごめんなさい。恵美。



 卑怯で。私だって言わずに、こんなことして。


 ティナとして、あなたを汚して。


 ごめん、なさい……。



「元から、わたくしを狙っていたと」


「はい」



 もう、ずっとずっと、そう。


 でも、その勇気はでなかった。



 ただ私は、怖かっただけ。


 とられるかもしれない、って。


 またあなたが……いなくなるかも、しれなくて。



「…………ハーピーというものが、いませんでしたか?」



 ……なるほど。


 自身がもう転生者だとは、ばれていると理解されたようで。


 そしてこちらもそうに違いないと、そう思った、と。



 私は、やはりハーピーを気にする彼女に。


 胸が、痛んで。


 声を、絞り出す。



「彼女はいろいろありまして。


 第一王子の預かりとなっております」


「そう……」



 あまりすべてを、明かすわけにもいかない。


 そう思って、濁して言ったが。


 ラフィーネは思案顔だ。



「わかりました」


「おや、もっと怒られるかと思いましたが」



 私のハッピーセットを返せ!って。


 ごめん、なさい。


 それは我慢ならなかった。



 でも彼女は、頭を振った。


 そうして、さっと身を起こし。


 急なことに、不意を突かれた私は。



 唇を、奪われた。



 少し、濡れた、感触。



 我に返り、身を離す。


 体が、よろける。


 いま、のは?



「怒らないわよ。残念ではあったけど」


「な、ぜ。どういう、こと?」



 ろれつが、回らない。


 なに?魔法?



「聞きたいことは聞けたし。


 そろそろ、行きましょうか」



 さっさと、自分の身支度を始める、ラフィーネ。


 これはいったい……。



「あなたは、いったい」


「知っているのでしょう?


 あなた相変わらず、頭はいいけど」



 あたまが、くらくら、して。


 あい、かわ、らず?


 そんな。まさか。



 わたしのこと、気づいて?



「ばかね」



 体が揺らぐのに、耐えられなくなって。


 私は彼女の腕の中に、倒れ。


 意識を失った。




  ◇ ◇ ◇




()の願い> 【ラフィーネ視点】




 爆発に、巻き込まれたとき。


 思わずあなたのことを、呼んだけど。


 まさか、それで呼び込んでしまったのかしら。



 だとしたら、少し申し訳ない。



 …………やっぱり、あの時のことで帳消しということで。


 経験のない喪女に、好き放題しおって!


 本当に好き放題しおって!!まさか経験者か!?



「…………ここ、は」



 魔法で眠らせたのだけど、思ったより早く起きて来たわね。


 便利よね魔法。当家に伝わるものは、眠りの魔法。


 犯罪か、不眠対策くらいにしか使えません。



 触れないといけないから、戦いとかでもなかなか役に立たないそうなのよね。


 私はそもそも、戦いなんてできないけど。



「当家の馬車です。公国に向かっています」



 彼女、ティナは勢いよく身を起こそうとして、失敗した。


 後ろ手に縛ってあるのよ。縄で。


 仕返しです、仕返し。



「……なぜ。私は」


「先に言っておきますが。


 あなたのご両親に話を持ち掛けたのは、当家です」


「!!??」



 すごいお顔になってます。ちょっと気分いい。



「あの場は丸く収めた後、戦争が本格化する前に進める段取りでしたが。


 あなたが手を出したので、いろいろ早まってしまいました」


「どういう、こと」


「ハッピーが魔王の手先だなんて、知ってるってこと」


「ぇ」



 あんまりびっくりするものだから、ちょっと笑顔になってしまう。



「熱心に勧めるんだもの。ちゃんと読んだのよ、小説。


 それでいろいろ手直ししたから、遅れに遅れて。


 印刷所の持ち込みになったの」



 そのことがきっかけで、爆発に巻き込まれるとは。


 よかったんだか、悪かったんだか。


 いえ、よくは……なかったわね。



 お父さん、お母さん、ごめんなさい。


 私のこと、理解しようと、してくれていたのに。



 ちゃんと私、こっちで幸せになるから。



「それでこっち来てから、いろいろ辿ってみたらびっくりよ。


 悪役令嬢の家は、そもそも二つの爵位を持っている。


 私の父は、なんとサディード公国の公爵様。


 そしてそちらの爵位を授けた主は、昔の魔王。


 ああ、公国を今治めてるのは代理よ、代理」


「そんなこと、どこにも!」


「なかったし、調べてもわからないでしょうねぇ。


 魔王の手下だなんて、そりゃ内緒だし。かなり昔だし。


 ハッピーを王国に入れたのだって、当家よ」



 さすがにティナ嬢、呆然としてらっさる。



 しかしそりゃ私、悪役令嬢って言われるわよね!


 もうがっつり真っ黒だわ。


 ゲームのラフィーネとアングレイド侯爵家。



 なおハッピーは魔王を憎んでるけど、それは家族を殺されたからじゃないです。


 ゲーム本体をやり込むと少し匂わせがあるけど、彼女は被虐待児。


 それを復活したての魔王が、救っただけ。



 なんで憎んでるかって言ったら、魔王は別の女を妃に選んでるから。


 弄びやがって!ってこと。


 これは、小説にちょっと想像がつく程度に書かれてる。



 「家族を殺されたから」というのは、あくまで他人に向けて語る表向きの理由。



 で、いま彼女と組んでる、王国第一王子のカイル様。


 母を妾にした上で見殺しにした国王を、そりゃあもう恨んでいるので。


 ただいま戦場で行われているのは、茶番でございます。がっつり内応されている。



 第二王子と歳が離れてるし、一度王太子になったのは本当なんだけど。


 素行を理由に廃嫡されたのは、もっと政治的な事情、らしいわよ?


 第二王子の母である正妃が、いろいろやったとかなんとか。第一王子の母の謀殺も含めて。



 王侯貴族ってやんなっちゃうわよね。


 私は気楽にしてたいわ。ほんと。



「私が全部考えたことじゃ、ないけど。


 魔王側にも事情があり、王国側にも悪行があり。


 それが複雑に絡んだところに、私はちょっかい出して。


 願いを叶えようとしたのよ」



 目を通していた冊子を、閉じる。


 いろんなフラグやら何やらを書いていた、考察手帳。


 紙やペンが普通に手に入るの、ありがたいわねぇ。ビバ乙女ゲーム!なんちゃって中世!



 えーっとそれで。



 うちは主君の魔王が復活したので、ずっと潜伏してた王国で蠢動開始。


 もちろん、あの令息令嬢は魔王時代から関係のある家の者たち。


 彼らと共に、いろいろ進めて来た。



 内からはもちろん、外からの二正面作戦を強いて、王国を滅ぼす気だった。


 ゲームではたぶん、その動きがばれて、先に粛清された。



 私が本当に頑張って防ごうとしていたのは、()()()()()()


 一応、自分の方もだけどね?王国内の足掛かり潰されると、後が大変だし。


 ティナに見事に負けたけど。



 しかしほんと……予想外の動きだったわぁ。


 ハッピーがヒロインと現れなかったときは、本気で驚いた。


 その時は、まさか、と思ったんだけど。



 後で人づてに、ハッピーはカイル様とのつなぎをヒロインに作られたと聞いて、ピンときた。


 ヒロインが、私の知ってる子だって。



 それから、確証……はないから、確信を得たくて、行動を少し変えた。


 学園で彼女に接触しなかった本当の理由は、それ。


 私が接触せず、手の者に様子を観察させた。



 案の定、彼女はゲームと違う行動をとり続けた。


 これで、最低でもゲームを知る人間だと断定できた。



 確信をもった私は、彼女が何らかの意図を持った味方だ、と身内に吹聴。


 男爵家ごと拾い上げることに、なんとか成功した。


 私の勘の通りなら、そりゃ失いたくないもの。



 時間ぎりぎりだった。本当に危なかった。


 しかも本人にさらに余裕を削られて。間に合わないかと思ったわ……。



 よもや、破滅回避潰しを仕掛けてくるとは。


 しかも私が欲しいからやと?


 ある意味結果的には良かったけど、いろいろ御破算になるところだったわよ???



 証拠があると言われたときは、焦ったけど。


 さすがに、そんな手抜かりをする者たちではないわ。


 あれはゲームを知ってるこの子の、ブラフね。



 王子たちは、魔王内通の件を強く疑っていて、それでティナの提案に乗ったのでしょう。


 不仲で政敵の第一王子と近い女よ?


 彼らがティナのこと、信用してるわけないって。



 ほんと、この子。危ないことするわねぇ。



「ラフィーネ、様、の、望み?」



 普通に、名前で呼んでもいいのに。


 ああでも、人がいるときについ出ちゃったら、大変かしら。


 あー……愛称ってことにしましょう。いずれ落ち着いたら、だけど。



 で、ご質問のお答えはぁ、ですねぇ。



 私はにやり、として。



「あなたが欲しかったのよ」



 やり返してやった。



「は、はぁ!?」



 勢いで身を起こしながら、ティナが結構大きな声を上げた。



「最初は、尊い百合ップルを愛でようと思ってただけ。


 でもハッピーがいなかったから、ねぇ。


 とにかくあなたを保護する方向に切り替えた、わけだけど」



 あなたは私が自身のことを、自覚したきっかけ。


 でもあなたは、きっとそうじゃないって、そう思ってた。


 ずっとずっと、一緒にいた、友達、だったけど。



 こんな異世界までやってきて、あなたの方から、踏み込んで、くれた。



「そばに置くだけでいいかな、って。


 普通に友達として、でよかったし。


 少し退屈で殺伐としたこの世界も、きっと楽しくなる」



 もちろん本心を言えば、その。


 恋しくて、たまらなかった。


 もしかしたらティナはあなたかもって、すぐにでも確かめたくて。



 でもこう、腐れ縁、みたいなものだし。


 嫌じゃないかな、とか。思ってましてね?


 異世界に行ってまで、一緒、とか。



 私はそうしたいけど、あなたはそうじゃないかもって。



 ずっと悩んでた。


 そうしたら、ご覧の有様ですよ。



「でも。傷物に、されちゃった。


 貴族の娘としては……責任、とらせないと」



 ちょっと悪戯っぽくほほ笑む、というやつをやってみた。



「どどどどどどどどうするっていうの!?」



 そこまで動揺するくらいなら、我慢すればよかったのでは???


 ほんと、頭はいいのにあほの子なんだから。



「魔王が魔王と呼ばれたのは、強大な魔法の力もあるけど。


 そもこの大陸の宗教勢力に、反発したからよ。


 逆らった点は、いろいろあるけれども。


 その一つは――――魔王が女である、こと」



 これが、私が大幅改稿に走った理由。


 魔王は妃がいる。これはゲームにも出てくる。


 でも自身の性別に明言がない。竜の姿でしか出てこないし。



 ところが、小説でその記述があった。はっきりと、ではない。


 世継ぎに言及する、家臣のセリフから分かるのだ。


 魔王が、産む方だと。



 公式百合かよむっはー!!すげぇ供給だ!!!!ってなって。



 今もなってるわけです。



「魔王の国では、それは認められるということ。


 意味は……分かるわよね?


 瑠衣(るい)



 私の恋しい幼馴染。


 瞳と髪の色が、前とは違う……けど。


 確かにあなたを思わせる、その顔が。



 驚きと――――歓喜に、染まっていく。



「ぇみ、と……………………ぶっ」



 なんで鼻血吹いたの!?


 はんか、ハンカチ!えっとどこに……。



 彼女から視線を外した、私は。


 いつの間にか、縄を解いたティナ――――瑠衣に気づかなくて。



 頬に、手を、添えられて。


 顔が、近づいて。


 目を、つぶって。



 歯が、激しくぶつかった。



「んがぁ!?」「っつぅ~~~~」



 揺れる馬車内でやるこっちゃないし!


 というか鼻血まみれでやんな!


 ついてる!この服安くないのよ!?



「ぷっく……ふふ、くくくく……」



 ティナが、いい勢いで笑い出した。


 そんな楽しそうにすると、怒れない。もう。



 やっと見つかったハンカチで、顔を丁寧に拭う。


 くすぐったそうにしている彼女の、透き通るように白い肌が。



 ほんのりと、赤い。



 目の端に、涙が浮かんでいて。


 泣きたいのは、こっちだっていうのに。



 ハンカチをしまい、汚れの残りを見るフリをして。


 彼女の顔を、手で押さえて。



 少し渇きを覚えてきた、私の唇を。


 その水分で、湿らせる。



「ぁ、その」



 ためらいがちに、彼女が私の目を見てくる。



「私、ひどい、こと」



 今更そこに罪悪感覚えるの???



「悔しかったけど、嫌じゃないわよ。


 私、ちゃんと良いって言ったでしょう」



 強引ではあったけど、不同意ではございません。



「それは、まぁ。何かこう、諦めたのかな、と」



 えぇ~……。


 そんな大人しい女じゃなくってよ。


 知ってるでしょうに。



「だったら、あなたが触れた瞬間に魔法を使ったわ。


 納得できない?」


「……した」



 そもそもドムッツリだからあんな本書いてんだよ!!


 最高でした!体力なくてすごい大変だったけど!!


 まだ膝が笑いそうです!!



 でも正直興奮しました。またしていただきたい。



 その機会は、作るから。



 ティナの耳元に、口を寄せる。


 少し震えるように、囁くように。


 その耳元で、そっと。



 ……異世界に来る前からの、長年の思いを、告げる。



「ずっと好きだった」



 彼女が、頬を摺り寄せてくる。


 腕が、腰に、背中に回る。



「『だった』?」



 私を少しさぐるような、その手が。


 言葉に反して、疑いなく思いを受け取ったことを、示していて。



「そこはその、いまは、ですね。


 ぁぃしてるって、やつですよ。


 わかってよ」



 つい、恥ずかしいセリフを、続けてしまった。



「もう一回言ってくれたら、わかってあげる」



 よぉしそれはわからせを煽ってるということだな??



 私は馬車の中で、無茶をしようとして。


 いろんな意味で、返り討ちにあった。



 ティナは、時に涙が出そうなほど笑い。


 時に綺麗な声を、聞かせてくれた。




 公国の屋敷に、なんとかついてからも。


 いろいろなお話もそこそこに、部屋に引き上げまして。


 その。続けて。二人そろって、調子に、のって。




 今、私の隣には。


 大好きな子(ヒロイン)が寝ている。


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