悪役令嬢なら今、私の隣で寝ている~破滅回避に失敗し、私に捕えられた貴女~
<私の望み> 【ティナ視点】
薄い掛け布から覗くその肌を、三本の指の腹でなぞる。
触られる側を悦ばせるソフトタッチ、ではなく。
そのみずみずしく、泡のような肌を味わう手つき。
私の手はそろそろ渇きを覚えつつあり。
また、潤いを求めているが。
しっとりとした、汗の感触に先に辿り着いた。
荒く濡れた息。
蒸気すら感じる火照り。
屈辱に濡れた、瞳。
彼女の、情欲の痕。
……たまらない。
腰から昇る背筋の震えが、おさまらない。
これは屈服を促す儀式、ではない。
ただ私が、満足したかっただけ。
あるいは、待ちきれなかっただけ。
どのくらい、だったか。
合計すると…………ずいぶん、長くなったように思う。
こちらでも、年齢を揶揄されることはあったかもしれない。
その未来は、もうなくなったけれど。
私たちは、国からは追放されたようなもの、だ。
彼女の肌を味わっていた手を、名残惜しく離し。
指を、鳴らす。
手のひらを叩いた中指が、彼女の呼吸より僅かに大きな音を立てた。
彼女――――ラフィーネの手足の、拘束魔法が解け。
僅かに驚きを宿したその瞳は、すぐに私を見上げ、睨みつけた。
切れ長で、険の強く、意思の輝きが宿るような、目。
ああ……見られている。
歓喜を覚え、思わずじっと覗き込むと。
力なく振るわれた彼女の手のひらに、頬を叩かれた。
乾いた、あるいは少し濡れたような、小さな音がした。
痛みは、ほとんどない。
身を起こしたラフィーネは、体を支えるのがやっとの様子で。
心はともかく、体はついていかなようだった。
そもそも、この子はあまり体を鍛えているほうでもないし。
ここで私が押し倒したら、簡単に押さえ込まれてしまうだろう。
けど、それとこれとは、別。
「…………痛いです」
「やってくれたわね、ティナ!!」
私の訴えは、思いのほかしっかりとした声で、押し返された。
「どれのことです?」
「全部よ!
今のも!
私を破滅させ――――この国から追いやったのも!!」
人聞きの悪い。
その通りだけれど。
王国のアングレイド侯爵令嬢、ラフィーネ・セレプトは破滅した。
約束された自らの破滅を、懸命に回避しようと動いたラフィーネ。
その計画をずたずたに引き裂いたのは。
この私だ。
少し目を伏せ……ここしばらくのことに、思いを馳せる。
◇ ◇ ◇
<ラフィーネの見た光景> 【ラフィーネ視点】
「アングレイド侯爵令嬢、ラフィーネ・セレプト!
数々の非道、許しがたい。
私はセンシル王国王太子として、その所業を断罪し!
お前との婚約を破棄する!!」
やっと来たわね!
王立魔法学園の悪役令嬢断罪イベント!
断罪されるのはこの私、前口 恵美ことラフィーネ!!
年は内緒です。聞かないで。
乙女ゲーム『Sentence・Illusion』。
そのゲームの、百合同人本を書いていたのだけど。
大幅改稿になって、ぎりぎりになっちゃって。
やっと原稿あがって、慌てて印刷所に持ち込み。
冬の即売会間に合ったわよかったーと安堵したその時!
たぶん隣の工場が大爆発!
巻き込まれてアグレッシブに死んだ私!
で。気づいたらそのゲームの悪役令嬢、ラフィーネ(4歳)になっていたのよ。
ち が う そ の 子 は 私 の 推 し じ ゃ な い 。
私の最推しはヒロインの親友、ハーピー。平民。通称ハッピー。
小動物系で可愛らしいのだけど、時々ヒロインに対する感情が重い!
覚悟決まってて湿度がお高い!しかも見た目に反して有能親友キャラ!
こんなやつ現実にいねーよwwwwwってなりながら。
それでもそこでしか補給できない栄養素を、摂取しておりました。
つい滾ってハッピー×ヒロインを書いてしまった。
しかも、即売会終わったらハッピーのアンソロやりませんか?って呼びかけたら。
なんか結構反応よかった。
深夜のテンションで、ハッピーセットとか名付けるんじゃないわよ私。
私自身は、主に見て愛でる方なのだけど。
百合はいい。
とてもいいものです。
でもそのハッピーが……いなかったのよ。
自身の破滅の回避を準備しつつ、10年の貴族生活に耐え。
やっと来た学園での、ヒロインとの遭遇イベント。
その横にいるはずのハッピーがいなかったときの、私の絶望といったら……ッ。
悪役令嬢ほどほどにしながら、ヒロイン・ティナとハッピーの絡みを見られる日々が!
楽しみにしていた生ハッピーセットが!!
「――――聞いているのか!」
おっと王太子がご立腹だ聞いてませんでした。
ハイン王子はゲームキャラらしく、振る舞いが大仰だ。
必要もない身振り手振りで、いろいろアッピールしてくる。
金髪碧眼の優男、すらっとした長身、顔はもちろんとってもいい。
中身もしっかりとした第二王子。
第一王子は問題があって廃嫡されたので、この方が王太子だ。
好みだが萌えない。生ハインはなんか違った。
ちょっと大げさで、お近づきになりたくない。
正直婚約破棄ばっちこいです。望むところだおぉん?
彼はヒロイン、ティナ・バジール男爵令嬢をかばうように立ち、私を指さしている。
現代ならマナー違反だけど、ここじゃ私の方が不敬なのよね。
「拝聴いたしました」
嘘だけど。
まぁ内容は覚えてるし。ゲームで。
「ですが事実無根です。
ティナ嬢とはわたくし、関わったことがありませんもの」
そう。ゲームでは婚約者を奪われそうになり、嫉妬に狂った悪役令嬢。
ヒロインを苛め抜いて、王太子に婚約破棄される。
そして家ごと没落して、破滅するのだ。
だから私は、徹底的に彼女を避けた。
「残念でしたわね!
わたくしは潔白です!
オホホホホホホホ」
思わず令嬢笑いでちゃいました。
ふふん。フラグ管理は完璧なのよ。
ただやっぱりイベントの発生そのものは、さすがに回避できないわよねぇ。
そういうものでしょ?こういうのって。
だからとにかく、対策をがんばりました。
発生してしまった時に備えて、孤立しないように味方も作ったわ。
先ほどから私の少し後ろに控える、コール伯爵令息のマイル殿。
タイル子爵のご令嬢、リィン嬢。
平民ですが商家のエィンリア・ゴーツ嬢。
いずれも、当家と関係深い頼りになる者たち!
ヒロイン・王太子にも宰相や騎士団長のご令息がついてるけど、負けはしないわ!!
そして私は、油断しない。
我が侯爵家は仮にこの国で没落しても、安泰よ!
あれでも。
王太子、断罪とおっしゃったような。
……つみ?何かしら。いじめで婚約破棄ではなく??
「何の話だ。ティナは関係ない」
へ?
◇ ◇ ◇
<ティナの描いた光景> 【ティナ視点】
「ち、がいますの?」
高笑いしていたご令嬢が、明らかに狼狽えている。
彼女はゲームの通りに、事が進むと思っていたのだろう。
でも、気づかなかったのだろうか。
ハーピーがいないことの、意味に。
ヒロイン・ティナへのいじめは、自称親友のハーピーが。
針小棒大に王太子に報告したことだ、ということに。
正直、あなたがそれに気づいていないとは、思えないのだけど。
呆れるほど読み込むし。考察魔だし。
知ってたんじゃないの?
ハーピーは、魔王の送り込んだ刺客だ。
彼女の存在ゆえ、この後のヒロインたちの道行きが、非常に厳しいものになる。
国の要であるアングレイド侯爵家が没落したのだって、彼女の企みによるものだ。
これは本編では語られていないが、メディアミックスされた小説版で明らかになった事実。
魔王視点で、ドマイナーな出版社から出たものなので。
魔王に興味がなかった彼女が知らないのは、無理もないが。
小説、嫌いだったしね。
勧めても読まないんだもの。
出たばかりなので、私もほとんど読んでなかったけれど。
ハーピー推しだった彼女。
その情報を教えようと思って送った、メッセージに。
既読がつくことは、なかった。
爆発事故に巻き込まれたなんて、未だに信じられない。
私?私はすぐに後を追った。
家族もいなかったし。私には、彼女しかいなかった。
まさかゲームのヒロインに転生させられるとは、思ってなかったけど。
彼女が「前口恵美」だと気づいたのは、ほとんど勘だ。
一応、根拠らしきものはあるけれども。
まずハーピーがいないことに、明らかに愕然としていたことが挙げられる。
次に、ヒロイン・ティナとの接触を、病的に避けていたことだ。
彼女でなかったとしても、ゲームを知らなければラフィーネ嬢がとる行動ではない。
確認は、後にたっぷりとさせてもらった上で。
恵美でなければ……どうしよう。
考えていなかった。
「お前と関わりのある、コール家、タイル家、ゴーツ家それぞれに。
横領を始めとした犯罪、さらにアングレイド家を中心とした国家反逆の疑いがある」
断罪が進んでいる。
そう、断罪。
ゲームでは「婚約破棄イベント」。
聖女たるティナを虐めるお前など、婚約者として相応しくない!
という内容だ。
だがこの現実は、違う。
「んなっ!?そんな、証拠など……」
「ある。十分に集めさせてもらった」
「はぁ!?そんな、馬鹿な」
でっち上げである。
ハーピーがやっていたことを、被ってもらうことにした。
そうしないと、それらの罪状は王太子たちに降りかかる。
当然、私の実家にもだ。
うちはハーピーの面倒を見ている。
必ず巻き添えとなるだろう。
両親には、十分な情と、恩を受けた。
私の家族になってくれた人たちに対して、恩を仇で返したくない。
今後を見据えて、国からの脱出は進めてもらっているが。
大きな罪の渦中に巻き込まれると、それは難しくなる。
適度に、国にいられないようにしなければならない。
魔王はいずれ討伐されるし、その戦いはもう始まっているけれど。
決戦の舞台となるのは、この国。
もたもたしていると、私のこちらの家族は、みな死んでしまう。
ハーピー自身?
第一王子が懐柔して、いま魔王軍と戦ってる。
情報を知っているせいか、大した戦果だそうで。
元々、彼女が動いていた動機は、魔王への復讐。
この辺りは、小説の序盤にあった。
彼女は家族を殺された恨みを晴らすため、機会を伺っていたようだ。
王国と魔王を激突させることで、それを叶えようとしていて。
この現実では、その本懐を自らの手で果たしている最中だ。
「魔王との内通嫌疑もある。捕えろ!」
警備に紛れて用意されていた兵たちが、四人を囲む。
…………魔王との内通?それは聞いた覚えが、ないけれど。はて。
考え事をしていた私は。
この時、一つ大事なものを――――取り押さえられている彼女の、表情を見逃していた。
◇ ◇ ◇
<ラフィーネの後悔> 【ラフィーネ視点】
目を覚ますと。
馬車に揺られていました。
…………地下牢とかではなく?なぜ??
後ろ手に、縛られている、ようで。身動きがとりづらい。
体が起こせない。
最後の記憶は、夜会の場で捕えられたところだったはず。
そこから……随分時間が、経っている、ような。
「おはようございます。ラフィーネ様」
少し上から降ってきた声は。
「…………ティナ嬢、だったかしら。
なぜ。私は、どうなるの?」
乙女ゲームヒロインのかわいらしさが欠片もない、怜悧な顔の男爵令嬢。
「私が嘆願し、ラフィーネ様を減刑していただきました。
代わりと言ってはなんですが、当男爵家もお取り潰しです」
「はぁ!?なぜそのような」
「王国は主戦場になる。
このままいては、私の家族も犠牲になるので。
取り潰しは表向きの沙汰で、ただの爵位の返上です」
本当に、先の場の通り、なら。
そんなことが、通る、はずが。
「……納得いきません」
「国が戦場になるなんて、ですか?」
…………それよりも、もっと。
私が、納得、できないのは。
わからないのは。
あなたの、目的。
「いいえ。ならあなた一人で逃げればいいでしょう。
なぜ減刑嘆願までして、私を連れ出したのです」
私はある意味、破れた。
そのはずなのに。
「私を貶めたのは、あなたなのではないですか?」
「そうですよ」
まさか、とは思っていたけど。
やっぱり、ヒロイン・ティナは――――!!
「ではなぜ!」
「あなたが欲しかったからです」
予想外の答えに。
本当にほんとうに、夢にも思わなかった、こたえに。
私は動けなくなった。
「…………………………………………は?」
かすれたような、声が出た。
喉が急に乾いて。
瞬きが減って、目も乾いて。
息が、言葉が、続かない。
「ああ、もちろんこう……性的な意味で、です。
お嫌でしょうが、抵抗少なくお願いいたします。
傷つけたくは、ありませんので」
私の心は、深く深く、傷ついた。
なら私は、あんなことしてる場合じゃ、なかったのに。
「では……いいですね?」
「……………………ぇぇ」
馬車が、ゆっくりと郊外の小さな屋敷の前に止まり。
私は拘束されたまま、中に連れ込まれ。
慰みものに、された。
◇ ◇ ◇
<ティナの懺悔> 【ティナ視点】
さて。十分堪能したことだし。
そろそろ両親とも合流し、国を出なくては。
ああもちろん、先のあれやこれやは、私が勝手にやったことではない。
魔王との戦があるから逃げようという話は、両親からされた。
伝手があるそうで、そこからの持ちかけとのこと。
怪しいが、主戦場になるのは確かだし、私はこれを応諾。
第一王子のカイル様に相談したところ、こういう方向性になった。
彼にハーピーを押し付けたのは私なので、そこからの縁だ。
意図通りに、進みほくほくしていたが。
カイル様に、働きに対する報酬を尋ねられた私は思わず。
ラフィーネ……恵美の身柄をねだった。
そうしてそれは、叶えられた。
私は彼女が恵美だと、確信はしていたが。
二人きりのやり取りの中で、それを確固たるものにした。
「なぜ、こんな真似を、したのです」
彼女が、噛んで含めるように言う。
その言及は、体を好きにしたこと、に対してではなさそうだ。
「ですから、あなたを手に入れるためです。
この国で、それは叶いませんし」
転生前にいた、あの国でも。
こうでもしなければ……あなたは手に入らなかった。
その肌に触れることさえ、叶わなかっただろう。
それはもう、我慢ならなかった。
たとえ、嫌われようとも。
悍ましい趣向だと、罵られようとも。
もう、あなたに触れられないのは、耐えられなかった。
…………ごめん。
やってしまった後で、言えないけれど。
ごめんなさい。恵美。
卑怯で。私だって言わずに、こんなことして。
ティナとして、あなたを汚して。
ごめん、なさい……。
「元から、わたくしを狙っていたと」
「はい」
もう、ずっとずっと、そう。
でも、その勇気はでなかった。
ただ私は、怖かっただけ。
とられるかもしれない、って。
またあなたが……いなくなるかも、しれなくて。
「…………ハーピーというものが、いませんでしたか?」
……なるほど。
自身がもう転生者だとは、ばれていると理解されたようで。
そしてこちらもそうに違いないと、そう思った、と。
私は、やはりハーピーを気にする彼女に。
胸が、痛んで。
声を、絞り出す。
「彼女はいろいろありまして。
第一王子の預かりとなっております」
「そう……」
あまりすべてを、明かすわけにもいかない。
そう思って、濁して言ったが。
ラフィーネは思案顔だ。
「わかりました」
「おや、もっと怒られるかと思いましたが」
私のハッピーセットを返せ!って。
ごめん、なさい。
それは我慢ならなかった。
でも彼女は、頭を振った。
そうして、さっと身を起こし。
急なことに、不意を突かれた私は。
唇を、奪われた。
少し、濡れた、感触。
我に返り、身を離す。
体が、よろける。
いま、のは?
「怒らないわよ。残念ではあったけど」
「な、ぜ。どういう、こと?」
ろれつが、回らない。
なに?魔法?
「聞きたいことは聞けたし。
そろそろ、行きましょうか」
さっさと、自分の身支度を始める、ラフィーネ。
これはいったい……。
「あなたは、いったい」
「知っているのでしょう?
あなた相変わらず、頭はいいけど」
あたまが、くらくら、して。
あい、かわ、らず?
そんな。まさか。
わたしのこと、気づいて?
「ばかね」
体が揺らぐのに、耐えられなくなって。
私は彼女の腕の中に、倒れ。
意識を失った。
◇ ◇ ◇
<私の願い> 【ラフィーネ視点】
爆発に、巻き込まれたとき。
思わずあなたのことを、呼んだけど。
まさか、それで呼び込んでしまったのかしら。
だとしたら、少し申し訳ない。
…………やっぱり、あの時のことで帳消しということで。
経験のない喪女に、好き放題しおって!
本当に好き放題しおって!!まさか経験者か!?
「…………ここ、は」
魔法で眠らせたのだけど、思ったより早く起きて来たわね。
便利よね魔法。当家に伝わるものは、眠りの魔法。
犯罪か、不眠対策くらいにしか使えません。
触れないといけないから、戦いとかでもなかなか役に立たないそうなのよね。
私はそもそも、戦いなんてできないけど。
「当家の馬車です。公国に向かっています」
彼女、ティナは勢いよく身を起こそうとして、失敗した。
後ろ手に縛ってあるのよ。縄で。
仕返しです、仕返し。
「……なぜ。私は」
「先に言っておきますが。
あなたのご両親に話を持ち掛けたのは、当家です」
「!!??」
すごいお顔になってます。ちょっと気分いい。
「あの場は丸く収めた後、戦争が本格化する前に進める段取りでしたが。
あなたが手を出したので、いろいろ早まってしまいました」
「どういう、こと」
「ハッピーが魔王の手先だなんて、知ってるってこと」
「ぇ」
あんまりびっくりするものだから、ちょっと笑顔になってしまう。
「熱心に勧めるんだもの。ちゃんと読んだのよ、小説。
それでいろいろ手直ししたから、遅れに遅れて。
印刷所の持ち込みになったの」
そのことがきっかけで、爆発に巻き込まれるとは。
よかったんだか、悪かったんだか。
いえ、よくは……なかったわね。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
私のこと、理解しようと、してくれていたのに。
ちゃんと私、こっちで幸せになるから。
「それでこっち来てから、いろいろ辿ってみたらびっくりよ。
悪役令嬢の家は、そもそも二つの爵位を持っている。
私の父は、なんとサディード公国の公爵様。
そしてそちらの爵位を授けた主は、昔の魔王。
ああ、公国を今治めてるのは代理よ、代理」
「そんなこと、どこにも!」
「なかったし、調べてもわからないでしょうねぇ。
魔王の手下だなんて、そりゃ内緒だし。かなり昔だし。
ハッピーを王国に入れたのだって、当家よ」
さすがにティナ嬢、呆然としてらっさる。
しかしそりゃ私、悪役令嬢って言われるわよね!
もうがっつり真っ黒だわ。
ゲームのラフィーネとアングレイド侯爵家。
なおハッピーは魔王を憎んでるけど、それは家族を殺されたからじゃないです。
ゲーム本体をやり込むと少し匂わせがあるけど、彼女は被虐待児。
それを復活したての魔王が、救っただけ。
なんで憎んでるかって言ったら、魔王は別の女を妃に選んでるから。
弄びやがって!ってこと。
これは、小説にちょっと想像がつく程度に書かれてる。
「家族を殺されたから」というのは、あくまで他人に向けて語る表向きの理由。
で、いま彼女と組んでる、王国第一王子のカイル様。
母を妾にした上で見殺しにした国王を、そりゃあもう恨んでいるので。
ただいま戦場で行われているのは、茶番でございます。がっつり内応されている。
第二王子と歳が離れてるし、一度王太子になったのは本当なんだけど。
素行を理由に廃嫡されたのは、もっと政治的な事情、らしいわよ?
第二王子の母である正妃が、いろいろやったとかなんとか。第一王子の母の謀殺も含めて。
王侯貴族ってやんなっちゃうわよね。
私は気楽にしてたいわ。ほんと。
「私が全部考えたことじゃ、ないけど。
魔王側にも事情があり、王国側にも悪行があり。
それが複雑に絡んだところに、私はちょっかい出して。
願いを叶えようとしたのよ」
目を通していた冊子を、閉じる。
いろんなフラグやら何やらを書いていた、考察手帳。
紙やペンが普通に手に入るの、ありがたいわねぇ。ビバ乙女ゲーム!なんちゃって中世!
えーっとそれで。
うちは主君の魔王が復活したので、ずっと潜伏してた王国で蠢動開始。
もちろん、あの令息令嬢は魔王時代から関係のある家の者たち。
彼らと共に、いろいろ進めて来た。
内からはもちろん、外からの二正面作戦を強いて、王国を滅ぼす気だった。
ゲームではたぶん、その動きがばれて、先に粛清された。
私が本当に頑張って防ごうとしていたのは、そっちの破滅。
一応、自分の方もだけどね?王国内の足掛かり潰されると、後が大変だし。
ティナに見事に負けたけど。
しかしほんと……予想外の動きだったわぁ。
ハッピーがヒロインと現れなかったときは、本気で驚いた。
その時は、まさか、と思ったんだけど。
後で人づてに、ハッピーはカイル様とのつなぎをヒロインに作られたと聞いて、ピンときた。
ヒロインが、私の知ってる子だって。
それから、確証……はないから、確信を得たくて、行動を少し変えた。
学園で彼女に接触しなかった本当の理由は、それ。
私が接触せず、手の者に様子を観察させた。
案の定、彼女はゲームと違う行動をとり続けた。
これで、最低でもゲームを知る人間だと断定できた。
確信をもった私は、彼女が何らかの意図を持った味方だ、と身内に吹聴。
男爵家ごと拾い上げることに、なんとか成功した。
私の勘の通りなら、そりゃ失いたくないもの。
時間ぎりぎりだった。本当に危なかった。
しかも本人にさらに余裕を削られて。間に合わないかと思ったわ……。
よもや、破滅回避潰しを仕掛けてくるとは。
しかも私が欲しいからやと?
ある意味結果的には良かったけど、いろいろ御破算になるところだったわよ???
証拠があると言われたときは、焦ったけど。
さすがに、そんな手抜かりをする者たちではないわ。
あれはゲームを知ってるこの子の、ブラフね。
王子たちは、魔王内通の件を強く疑っていて、それでティナの提案に乗ったのでしょう。
不仲で政敵の第一王子と近い女よ?
彼らがティナのこと、信用してるわけないって。
ほんと、この子。危ないことするわねぇ。
「ラフィーネ、様、の、望み?」
普通に、名前で呼んでもいいのに。
ああでも、人がいるときについ出ちゃったら、大変かしら。
あー……愛称ってことにしましょう。いずれ落ち着いたら、だけど。
で、ご質問のお答えはぁ、ですねぇ。
私はにやり、として。
「あなたが欲しかったのよ」
やり返してやった。
「は、はぁ!?」
勢いで身を起こしながら、ティナが結構大きな声を上げた。
「最初は、尊い百合ップルを愛でようと思ってただけ。
でもハッピーがいなかったから、ねぇ。
とにかくあなたを保護する方向に切り替えた、わけだけど」
あなたは私が自身のことを、自覚したきっかけ。
でもあなたは、きっとそうじゃないって、そう思ってた。
ずっとずっと、一緒にいた、友達、だったけど。
こんな異世界までやってきて、あなたの方から、踏み込んで、くれた。
「そばに置くだけでいいかな、って。
普通に友達として、でよかったし。
少し退屈で殺伐としたこの世界も、きっと楽しくなる」
もちろん本心を言えば、その。
恋しくて、たまらなかった。
もしかしたらティナはあなたかもって、すぐにでも確かめたくて。
でもこう、腐れ縁、みたいなものだし。
嫌じゃないかな、とか。思ってましてね?
異世界に行ってまで、一緒、とか。
私はそうしたいけど、あなたはそうじゃないかもって。
ずっと悩んでた。
そうしたら、ご覧の有様ですよ。
「でも。傷物に、されちゃった。
貴族の娘としては……責任、とらせないと」
ちょっと悪戯っぽくほほ笑む、というやつをやってみた。
「どどどどどどどどうするっていうの!?」
そこまで動揺するくらいなら、我慢すればよかったのでは???
ほんと、頭はいいのにあほの子なんだから。
「魔王が魔王と呼ばれたのは、強大な魔法の力もあるけど。
そもこの大陸の宗教勢力に、反発したからよ。
逆らった点は、いろいろあるけれども。
その一つは――――魔王が女である、こと」
これが、私が大幅改稿に走った理由。
魔王は妃がいる。これはゲームにも出てくる。
でも自身の性別に明言がない。竜の姿でしか出てこないし。
ところが、小説でその記述があった。はっきりと、ではない。
世継ぎに言及する、家臣のセリフから分かるのだ。
魔王が、産む方だと。
公式百合かよむっはー!!すげぇ供給だ!!!!ってなって。
今もなってるわけです。
「魔王の国では、それは認められるということ。
意味は……分かるわよね?
瑠衣」
私の恋しい幼馴染。
瞳と髪の色が、前とは違う……けど。
確かにあなたを思わせる、その顔が。
驚きと――――歓喜に、染まっていく。
「ぇみ、と……………………ぶっ」
なんで鼻血吹いたの!?
はんか、ハンカチ!えっとどこに……。
彼女から視線を外した、私は。
いつの間にか、縄を解いたティナ――――瑠衣に気づかなくて。
頬に、手を、添えられて。
顔が、近づいて。
目を、つぶって。
歯が、激しくぶつかった。
「んがぁ!?」「っつぅ~~~~」
揺れる馬車内でやるこっちゃないし!
というか鼻血まみれでやんな!
ついてる!この服安くないのよ!?
「ぷっく……ふふ、くくくく……」
ティナが、いい勢いで笑い出した。
そんな楽しそうにすると、怒れない。もう。
やっと見つかったハンカチで、顔を丁寧に拭う。
くすぐったそうにしている彼女の、透き通るように白い肌が。
ほんのりと、赤い。
目の端に、涙が浮かんでいて。
泣きたいのは、こっちだっていうのに。
ハンカチをしまい、汚れの残りを見るフリをして。
彼女の顔を、手で押さえて。
少し渇きを覚えてきた、私の唇を。
その水分で、湿らせる。
「ぁ、その」
ためらいがちに、彼女が私の目を見てくる。
「私、ひどい、こと」
今更そこに罪悪感覚えるの???
「悔しかったけど、嫌じゃないわよ。
私、ちゃんと良いって言ったでしょう」
強引ではあったけど、不同意ではございません。
「それは、まぁ。何かこう、諦めたのかな、と」
えぇ~……。
そんな大人しい女じゃなくってよ。
知ってるでしょうに。
「だったら、あなたが触れた瞬間に魔法を使ったわ。
納得できない?」
「……した」
そもそもドムッツリだからあんな本書いてんだよ!!
最高でした!体力なくてすごい大変だったけど!!
まだ膝が笑いそうです!!
でも正直興奮しました。またしていただきたい。
その機会は、作るから。
ティナの耳元に、口を寄せる。
少し震えるように、囁くように。
その耳元で、そっと。
……異世界に来る前からの、長年の思いを、告げる。
「ずっと好きだった」
彼女が、頬を摺り寄せてくる。
腕が、腰に、背中に回る。
「『だった』?」
私を少しさぐるような、その手が。
言葉に反して、疑いなく思いを受け取ったことを、示していて。
「そこはその、いまは、ですね。
ぁぃしてるって、やつですよ。
わかってよ」
つい、恥ずかしいセリフを、続けてしまった。
「もう一回言ってくれたら、わかってあげる」
よぉしそれはわからせを煽ってるということだな??
私は馬車の中で、無茶をしようとして。
いろんな意味で、返り討ちにあった。
ティナは、時に涙が出そうなほど笑い。
時に綺麗な声を、聞かせてくれた。
公国の屋敷に、なんとかついてからも。
いろいろなお話もそこそこに、部屋に引き上げまして。
その。続けて。二人そろって、調子に、のって。
今、私の隣には。
大好きな子が寝ている。