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89.謝罪の行方




 生誕祭翌日の昼下がり。予想通り、ベアトリスとリリアンヌから招集がかかった。キャサリンは父と共に登城しており、家にはいない。屋敷にいる多くの侍従は、昨日の後片付けに追われているため自室の周りはいつも以上に静かだった。


 ラナも例外ではなく、後片付けへと向かった。それと同時に部屋を出るとベアトリスの部屋を目指す。待たせてはいけないという思いから、少しずつ歩む足が早まる。


 会場から離れていくこともあり、侍従と会うことはまずなかった。


「……失礼します、レティシアです」


 少し呼吸を整えると、ベアトリスの部屋の前に立つ。その間も少なく、すぐさま扉をノックした。


「入りなさい、レティシア」

「失礼します」


 いつもと変わらない口調だが、その声色こそ変わらず優しいものだった。扉の向こう側には、想像していたもののやはり驚きを隠せない光景が広がっていった。


(カルセインお兄様……)


 つい先日まで、関係は険悪といっていいものだった。しかし思わぬ攻撃を見せ、キャサリンに打撃を与えたのは間違いようのない事実だった。


 そんな訳で、私は兄の立場や兄が何を考えているか全くわからない状況だった。


 どこか重々しくも感じる雰囲気に、少し戸惑いながらも姉達が集まる部屋の中心へと進む。ソファーに一人座るベアトリス。その隣でお茶の用意をするリリアンヌ。向かいには何故か棒立ちのカルセイン。


 発する言葉も見つからず、取り敢えずベアトリスの横へ立ったまま並んだ。


(……この沈黙は私が破るべきかな)


 状況を一切読み込めずに疑問を浮かべ始めたその時だった。


「レティシア」

「…………は、はい」


 私の名前を呼んだのはベアトリスでもリリアンヌでもなく、カルセインだった。突然のことに詰まりながらも返事をする。その間に、こちらに近付き真正面へとカルセインが移動をした。


「レティシア、謝罪を聞いてくれないか」

「はい。……え」

「キャサリンの意見のみを聞き、それを正しいものだと決めつけたこの愚行。到底許されるものではない。だが、現在(いま)の考え、気持ちとして受け取ってほしい。レティシアに心からの謝罪を述べる。……本当にすまなかった」


 名前を呼んでまもなく、カルセインはピしりと頭を下げた。兄が何か自分に用があることは察していた。姉達とは昨夜話しただろうから。それは謝罪かもしれないと考えなかった訳ではない。


 ただ、こんなにも真摯な姿を見せられるとは思いもしなかったのだ。


「もちろん、こんな言葉だけの謝罪で許されるとは思っていない。どんな形かはわからないが、償いをさせてほしい。……これも、嫌なら拒否してくれ。レティシアには拒む権利がある」

「…………」


 そう言葉を紡ぐカルセインからは、一切悪意を感じられなかった。これまで向けていた侮蔑や嫌悪は嘘のように消えており、それと代わるように現れたのは不安と後悔だった。

 

 その姿はまるで一夜にして一変したとも捉えられるもので、それは必ずしも良い印象を与えるものとは言えないだろう。普通ならば。


「謝罪を受け入れます。……そして、その申し出もお受けします。拒む理由がありませんから。力になってくれるのなら、これ程までに心強いことはありませんし」

「!!」


 私の言う台詞に、カルセインが目を見開く。予想外の内容に驚きを隠せないようだった。


「レティシア、その。自分で言うものではないが、今回の件はそう簡単に許すものではないと思うぞ」

「大丈夫ですよ、わかっていますから」

「わかっている……?」

「はい」


 困惑を隠せないカルセインに向けて、包み隠さず本心を告げた。


「お兄様が思い込みが激しく、偏ったお考えを常にお持ちで、かなり狭き視野の持ち主であることは既に知っております」

「うっ、それは」


 唐突な毒にたじろぐ兄。その隣で二人の姉がそれぞれ吹き出すのを堪えているのを察した。


「……いや、認める。レティシアの言う通りだ」


 言い訳等は全て捨て、肯定するカルセイン。その様子からも本当に変わったことが実感できる。


 間を置かずに、流れを途切れさせないように自分の意見を述べていく。


「ですが。全ての行動の根本は、揺るぎない正義感から来ていると推測します。それが全面的に良い方向へと作用しているかと聞かれれば首を振りますが、そういうものがあることは確かです」

「……っ!」

「その正義感がどれほど厄介で面倒かは、身をもって体験しております。……その力が私の助けになってくれるのなら、頷かない理由はないと思います」


 そうは言うものの、兄にされたこれまでの事を今すぐ許す訳ではない。その思いを胸に一息あけると、カルセインの目を真剣に見ながら伝えた。


「償う、と仰いましたよね。覚悟してください。私は心が狭いんです。そう簡単には許しませんからね」


 意地悪な笑みを添えて。 


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

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