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55.自己嫌悪と悩み事(レイノルト視点)


 「手作り」という要望を些かやり過ぎたかと考えたが、意図に気づいていない様子を見てもっと踏み込んでも良かったとため息をこぼした。


(この程度では……少しも気付かれないか)


 お互いに報告をし終えると、次はパーティーで会うことを約束した。彼女にとって決戦の日。幸いにも招待は受けていた。だが、相手側は承諾するとは思っていないだろう。体裁の為に渡された招待状だが、別の意図で利用させてもらう。少しでも、遠くでも、彼女を見守りたいという気持ちを胸に向かうつもりだ。


「…………ふぅ」


 彼女をある程度安全な場所まで送り届けると、再び二人で話をした部屋へ戻りソファーへ腰かけた。らしくない程だらけた状態で、体を沈ませる。天井を見つめると、今日の後悔を振り返ろうとした。


「入るぞ、レイノルト」


 この建物の主、リトスがノックと同時に扉を開けた。それではノックの意味がない、という言葉を掛けるほど気分は良くなかった。

 目の前ではなく、斜め前にある一人用のソファーに座るリトス。


「珍しいな、そんな項垂れてるなんて」

「…………」

「あ……もしかして怒ってるか?勝手に姫君を見に来たこと。それは……すまなかった。でも気になるものだろ、どんな女性なのか」


 確かにいきなり現れた時は驚いた。だが別に沸き上がったのは怒りではなく、焦りだった。そして邪魔されたくないという独占欲。少しの時間たりとも、彼女との時間を奪われたくなかったのが本音だ。


「……あぁ、別に怒ってない。ただ余計なことを言われては面倒だと思っただけで。……今ならその余計なことを言ってもらった方が良かったのかと思ってるけどな」

「ど、どうしたんだレイノルト。死んだような顔になってるぞ」

「自分に嫌気が差してるだけだ、気にしないでくれ」

「……姫君と上手くいかなかったのか?」


 脱力気味の様子を気にして、リトスは不安げな顔で覗き込む。その答えに対しては、ある意味首を縦にふることができる。しかし落胆の原因はまた別のところにある。


「……いや、何もなかったよ」

「そ、そうか。進展がないのもあれだな」

「あぁ。でも、それは俺の力不足なだけだから………………リトス」

「どうした」

「俺は初めて自己嫌悪に陥ってるよ」

「………………」


 予想外の言葉に、リトスは口を開けて驚きを表した。落ち込んでいたり、暗い雰囲気であることがそもそも珍しいことなのだが、その末に出た言葉はそれを上回る衝撃だったようだ。


「…………自己嫌悪って、本気か」

「あぁ。二度は言わない」

「いや、悪い。幼少期以降自己嫌悪するレイノルトは見なかったものだからな。何というか、それ以降は完璧超人で自分を嫌う要素なんて無かっただろ」

「そうならないように生きてきたし、そういう教育を受けてきたからな。でも今は……どうしようもならなさそうだ」


 自嘲気味に笑うとリトスもそれにつられたのか、ふっと呆れたかのように笑った。


「…………どうにでもならない?そんなわけあるか。お前は我が国フィルナリアの有能な大公様だろう。完璧超人で完全無欠が取り柄なんだから、できないことはない。それはもちろん自分に関係することもだ。だから、自己嫌悪から抜け出せるのなんて余裕のはずだ」

「…………けど」

「けど解決策が見当たらないんだろう、その様子だと。それなら俺が知恵を貸してやる。どれほど力になるかはわからないが、少なくともお前に似た思考回路はしてない。その分は役に立てると思うぞ」


 受けて立つとでも言わんばかりの、やる気に満ちた瞳で見つめられる。その眼差しはいつか見た、正解に導いてくれる暖かなものだったことを思い出した。


「懐かしいな。昔もリトスに似たようなことを言われた気がする」

「…………そ、そうだろ」

「……」

(これは覚えてないな。……でもそれでいい。ありがとうリトス)


 真剣な瞳は残念なことに少し揺らいでしまったが、なんの問題もない。気まずい空気を察したリトスは軽く咳払いをすると、どこか焦り気味に原因を尋ねた。


「と、とにかく。話してくれレイノルト」

「……今日、実は話そうと思ってたんだ。人の心が聞こえることを。それを踏まえて、情報を提供するつもりだった。けど、少しへまをして」

「もしかして、姫君の内心の言葉に反応したのか」

「あぁ。気を抜いてた訳じゃないんだ、ただ反射的に。凄く焦ったよ、変に思われたんじゃないかって。実際何とか誤魔化せたんだが、失敗したことで途端に怖くなったんだ。彼女に失望されたくないという想いが強くなった結果、少しも打ち明けることはできなかった」

「…………」

「そんな自分が情けなくてな。それだけじゃないんだ。彼女に結局想いは何一つ伝えられてない。遠回しに示してはいるものの、きっとそれには無理がある。彼女は少し鈍感だから。そうわかっているのに、直球で気持ちを伝えられないんだ。何でだろうな…………自分の気持ちも、秘密も、何一つ言えない自分が本当に嫌になる」


 誰にも渡すこと無く捕らえておきたいと願う割には、嫌われたり失望されることが怖くて立ち止まってしまう。そんな様子じゃ、他の人に取られたっておかしくないのに、どこか足踏みをしてしまう。

 

 再び自嘲気味に笑おうとした時、リトスは思いがけない言葉を発した。


「……いや凄いな。レイノルト、お前本当に姫君が大好きなんだな」

 

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