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330.天秤にかかる情

 昨日は更新できず大変申し訳ございませんでした。


 どうしてキャサリンがここにいるのか。

 どんなに考えても答えはわからなかった。


「これは一体どういうことですか……!」


 やっとの思いから出た言葉はそれだけだった。わからないならば本人に聞くしかない。そんなことを考えていた。


「おや、てっきりある程度はご存じかと思いましたが……まさか何も知らないとは。意外とエルノーチェ公爵家の情報網は弱いのですかね?」

「!」


 にいっと嫌な笑みを浮かべるシグノアス公爵に、反射的にしまったと顔を若干ゆがめる。


(でも、それにしてもキャサリンがどうしてここにいるの)


 問いかけるようにキャサリンをみれば、青白い顔色をしており、体調が悪いのは明らかだった。傷がついていないとは言え、とても健康とはいえない顔だった。


(……傷が生々しい。恐らく捕らえられてからつけられたのね)


 それ以上追及するべきか悩むのを見透かすように、シグノアス公爵が話を続けた。


「先程も申し上げた通り、この修道女が我がシグノアス公爵邸に許可なしに立ち入った挙げ句暴れて数々の備品を損傷させたのですよ。たかが平民が、ね」

「……っ」

「私側としましては、何の関りもない一平民。今すぐにでも公爵としての権限で罰することができます。…………ですがベアトリス嬢、貴女にとっては違いますよね?」


 その問いかけに、ぎゅっとドレスの裾を握り締めた。


(キャサリンは……今はもう貴族ではなくなった、本当にただの修道女)


 貴族として身分を剥奪されたキャサリンは、同時にエルノーチェ公爵家の人間ではなくなった。だから断罪されたあの日から、今の今まで修道女として罪を償って来た筈なのだ。


 本人の意思はわからないものの、服装や髪の具合からは極限に近い質素なものであることがわかる。少なくとも修道女として過ごしてきたようには見えるのだ。


(キャサリンなりに罪を償っていたとして……どうしてシグノアス公爵邸に来たの? どんな理由であっても、脱走したことに変わりはない)


 キャサリンが何を考えているのか、行動原理まで含めて一つも答えが見えなかった。


「ベアトリス嬢。そこで取引なのです。ここまでされた無礼を、私はベアトリス嬢の返答次第では忘れようかと思っております」

「…………それが、婚約に関する答えと?」

「察しが良くて助かります」


 取引、なんて表現で誤魔化されているが、これは間違いなく選択肢の限られた脅迫だった。


「どうされますか?」

「…………」


 キャサリンは今ではもう、無関係な人間だ。


 ……そう、わかっているのに答えがすぐに出てこなかった。


「悩まれるお気持ち、よくわかりますよ。私にとっては一介の修道女に過ぎませんが、ベアトリス嬢、およびエルノーチェ公爵家の方々からすれば除籍されたとはいえ血のつながった女性、ですよね」

(……嫌な所を突いてくる)


 答えを出せなかった理由。

 それは縁を切り、除籍となったとはいえ妹という立場だったキャサリンの死を決めていいのかという迷いが生まれてしまったのだ。


(……脱走しても、罪を償って修道女として生きてきたことは装いからわかる)


 もしこれでキャサリンが以前とまるで変わらないのならば、私は迷わずに取引を拒否しただろう。しかし、今は揺らぐ理由が生まれてしまった。


(償おうとしてしている者を……妹の命を……私は)


 見捨てること。

 その一択をすぐに選ぶことはできなかった。


(だからと言って婚約を受ければ、今度はリリアンヌを苦しめてしまう)


 二人の妹を天秤にかけた時、選ぶべきは後者だと断言できる。できるはずなのに、言葉が上手く出てこなかった。


 ぐっと苦しい思いをする中、シグノアス公爵の余裕の表情が見えて気持ちに波が生まれた。


(……そもそも、この二択を応じないといけない状況が癪に触る)


 どちらを選んでも私にとって明確な利益がない時点で、これは取引とは言えない。

 その苛立ちから、思考が少し変化していった。


(シグノアス公爵に一泡吹かせる方法は――)


 リリアンヌほど有能な作戦を考える頭脳は持ち合わせていない。ただ、ひたすら思考を巡らせた。その時間も稼ぐために声を出した。


「婚約を結ぶにあたって、エルノーチェ公爵家側の意思は聞かないのですか」

「ベアトリス嬢が選んだ事ならば、皆様受け入れてくださるのでは?」

「…………」

「それに。公爵代理である今、ご自身の意思一つで婚約を結べることは理解しているでしょう」


 シグノアス公爵の一言で、私は顔をゆがめた。


 セシティスタ王国の法律上、家と家を結ぶ婚約は当然ながらその家の当主の許可が必要となる。現在エルノーチェ公爵家の当主代理となっている今、許可を出す人間は私とシグノアス公爵は踏んでいるようだ。


 しかし、シグノアス公爵は知らない。今許可を取るべき人間が私ではないことを。


(…………これは賭けるしかないわ)


 結局、同時並行で考えに考えても、キャサリンという妹を見殺しにする選択は私にできなかった。


 小さく息を吐いてシグノアス公爵の目を見た。


「……わかりました。オルディオ殿下との婚約、受けさせていただきます」



 ここまで読んでいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 展開として必要なのかもしれない。けどやはり乗り込むにあたって油断し過ぎだなっと思う。 結局相手の掌に転がされてるし? 罠に自分から飛び込むごとく乗り込んで、自分の首締めるとかね····
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