315.果たすべき役目(オルディオ視点)
その後、奇跡的にベアトリスに出会うことができた。彼女は警戒から“プティ”という可愛らしい偽名を使っていた。
イノの助言通り無理に気張らず、自分らしくいることに集中していれば、不思議と意気投合して仲を縮めることができたのだった。
ベアトリスはどうやら妹に息抜きをするように言われ、外出していたようだ。屋敷に近い場所だと短時間の外出になってしまい、妹から小言を言われるのだとか。
そんな事情を話してもらえるほど、段々と仲が深まっていった。自然と恋人のような距離になると、俺は欲が生まれてしまった。
自分の気持ちを伝えたい、という欲が。
(それと……聞いてみたい。あの日のことを覚えているか)
あの日。それは幼い日に出会った記憶のこと。
もちろん、覚えていなくとも問題ないが、聞いてみたくなってしまった。
「……プティ様。実はお伝えしたいことがあります」
「お伝えしたいこと?」
「はい。長くなるので……明日、改めてお時間いただけませんか?」
「……」
それは彼女にとって意外な申し出だったのか、驚いた表情をみせた。少し考え込んだ後に、真剣な面持ちで頷いてくれた。
「もちろんです。明日、ですね? 時間はどうしましょうか」
「ありがとうございます。では時間はーー」
約束を交わすと、緊張しながらも愛しい彼女の後ろ姿を見送るのだった。
明日ゆっくり時間をとった関係上、今日は早めの解散をして俺は宿舎へと足早に戻るのだった。
(……明日彼女に何と言おう)
ベアトリスの態度からは、嫌悪などの暗い感情は一切感じられず、どことなく良い雰囲気になっているように思っていた。
(……これで失敗してもーー例え振られても、悔いはないな)
そう思えるほどに、ベアトリスへの想いが強まっていた。
どこか浮わついた気持ちで宿舎に到着すると、イノがニヤニヤとした顔で俺を迎えた。
「随分上機嫌ですねぇ。良いことがあったんですか?」
「……いや、まだだな」
「まだ!? ということは近々何かあるんですね!!」
口を滑らせた、と思いながらも嬉しそうにするイノをみると、悪い気はしなかった。
「……明日、伝えようと思って」
「!! 遂にですか!!」
「う、上手く行くかはわからない」
「いやいきます。確実にいきますね。もうお似合いのお二人なんですから」
告白する俺以上に、イノはなぜか自信満々に言いきった。恐らく励ましの意味も込められているだろうが、その言葉はありがたいものだった。
「勝負は明日という訳ですね……いやぁ、頑張ってください!」
「……あぁ、ありがとうイノ」
常に背中を押してくれるイノに感謝を伝えながら、俺は明日へと備え始めた。
翌日の朝方。
緊張からか、いつもより早く目が覚めてしまった。それはイノも同じだったのか、部屋の扉を開ければ目の前に立っていた。
「……驚くから無言で立つな」
「すみません。隊長、せっかくなので散歩でもしませんか」
「……どうしたんだ急に」
「いえいえ。今日は大切な晴れ舞台でしょう。緊張されているかと思いましてね」
「……そうか」
イノなりの気遣いだとわかると、その案を受け入れて宿舎から出て散歩をすることにした。騎士団の管理棟周辺を歩いていた。
イノに着いていくと、気が付けば物置まで歩いていた。
「最近は鍛練ばかりで物置の整理もしてないですね」
「そうだな。今日は……難しいから、明日にでもやろう」
「…………そうですね」
「?」
少し間が空いてからの返答に、どことなく違和感を抱いた。
(……具合が悪いのか?)
イノの方を振り向けば、イノをからはいつもと違う雰囲気を感じ取っていた。
「イノ、どうしたんだ」
「…………殿下」
「……?」
「すみません。後でいくらでも叱られますから。だからどうか、ご無事でいてください」
「イノ、何を言ってーー」
苦しそうに微笑んだイノは、突然俺のことを思い切り突き飛ばした。かと思えば、イノは物置の扉を閉めて、ガチャリと鍵までかけた。
「イノ!! 何をしてるんだ!!」
「……殿下。俺は果たすべき使命をこなしてきます」
「どういう意味だ!! 開けろ、イノ!!」
「本当にすみません。できることならあの方の所へ行かせたかった。……悔しいですね。こうも不運とは重なるんですから」
「イノ!!」
どんどん苦しくなってくるイノの声色に、俺は焦りと不安が一気に込み上げてきた。
「殿下。俺を恨んで構いません。ですがどうか、生き延びてください」
「……イノ」
「殿下。貴方の傍に居れて幸せでしたよ。……だから今度は、俺が責任を取ります」
その言葉を最後に、イノは物置を後にした。何が起こったかわからない俺は、ひたすらイノの言葉を理解しようとした。
どれだけ時間が経ったのかわからない。
ただ、物置に差し込む日差しが消えて薄暗くなった頃、ようやく鍵が開いたのだった。
「イノ!!」
「た、隊長!?」
トランの騎士の一人が、物置を開けにやってきたのだった。
「……イノは?」
「イノさん、ですか? 確か今日は出掛けたと思いますよ」
「出掛けた……?」
その言葉を聞きながら、俺は急ぎ自室へと走るのだった。
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