305.仮面を外さなくても
その後は拍子抜けするほど何も起こらず、第二王子が改めてベアトリスに接触することもなかった。夜会も幕を閉じ、私達は監視の待つエルノーチェ公爵邸に戻ることになったのだった。
屋敷に戻れば、ベアトリス自ら私達に話があると言い出した。もちろんそれに応じて、室内用ドレスに着替えてから急ぎ書斎に向かうのだった。
いつも通り、ベアトリスとカルセインが隣になり、その向かいに私とレイノルト様が座る形になった。
「……まずは私と第二王子殿下の関係から話します」
そう言うと、ベアトリスは以前私に教えてくれたオル様との出会いに関してカルセインとレイノルト様のために説明してくれた。
「ね、姉様と第二王子殿下が恋仲……⁉」
「凄くロマンティックですね」
「あ、ありがとうございます……」
特に驚かずに穏やかな反応を見せるレイノルト様とは対極的に、カルセインは言葉を失っていた。その衝撃は全く消えずに、とにかく動揺し続けていた。
(……そうだった。お兄様はシスコン気味だったんだ)
ふとそんなことを思い出しながら、カルセインの様子を見ながら心の中でそっと慰めていた。
「こ、こほん。とにかくそういうことなの、カルセイン」
「え? えぇ、そ、そうですか……ははは」
(……ドンマイです、お兄様)
ベアトリスは困惑しながらも、カルセインの様子を気にしている様子だった。
「でもまだ第二王子殿下ではない、そう予想もされているというところですね」
「はい。……だから確かめたくて、今回無理を言ってシグノアス公爵主催の夜会に参加したのです」
「そうだったんですか……⁉」
「えぇ。……でも仮面をつけていて」
「……もしかして、だからあんなに怒って」
「そうよ。だって確認できると思えば仮面をつけてきたのよ。理解できないでしょう」
「そ、そうですね……」
同意を求められるカルセインだが、彼はまだ整理が追い付いていないようだった。少しの沈黙の後、状況理解ができたカルセインから仮面の話が出た。
「……なるほど、それで仮面を取ると」
「えぇ。顔を見れば確実だから。でも結果は見えなかった」
「……またの機会を狙いますか? 二人の席もシグノアス公爵からは提案していただけましたから」
シスコン、とは言ったものの結局はカルセインもベアトリスのことを心配していた。
「ありがとうカルセイン。でも確認ならできたわ」
「「!!」」
この返しには、カルセインだけでなく私まで驚いてしまった。
「確認が終わったって……もしやあれですか! 頷かせたあの動作。何か二人の間で決めていた合図とかですか?」
(言われてみれば確かに。カルセインお兄様、意外と鋭いわ)
カルセインの推測に納得していると、ベアトリスが恥ずかしそうに笑った。
「そんな難しいことではないわ」
「え。違うのですか」
「ち、違うわよ……」
しかしその推測は外れてしまった。私も自分で考えてみようとあの場面を振り返ってみた。頷かせる以外にベアトリスがしたことと言えば、近付いたことだった。それを頼りに推測してみる。
(私だったら……)
そう思いながら、ちらりとレイノルト様を見上げた。それに気が付いたレイノルト様は微笑みながら「わかりましたか?」と尋ねた。
(近付いて感じられるもの………………あ!!)
はっとした顔になれば、レイノルト様は嬉しそうに笑みを深めていた。
「お姉様。それは身長、ですか?」
「よくわかったわね、レティシア。その通りよ。……近付いた時、オル様とはいつもより距離が少し遠く感じたの。……恐らく彼は、オル様ではないわ」
「なるほど……」
首を横に振りながら、仮面の男性とオル様との関係を否定したベアトリス。
「でも……彼が第二王子かどうかまではわからないわ。オル様自体が第二王子ではなかった可能性もあるもの」
たどり着いた答えからは、新たな懸念が生まれてしまった。
「でもやっぱりオル様は第二王子殿下だと思います、お姉様」
「レティシア……?」
「わざわざご自分のことを“オル”と名乗る点が不自然です。他にも偽名なんて作りようがあるのに。それに、意図せず“オル”と名乗るのはなかなか高度なことではありませんか? オルディオというお名前自体が、珍しい名前ではありませんか」
ベアトリスから話を聞いた時から、私の“オル様”に対する印象は変わらずに“あからさまな人”だった。何か切実に、伝えようとしている人にも見えたのだ。
「確かに…………珍しい名前、よね」
ベアトリスは不安げに、少し納得するようにつぶやいた。すると、今度はレイノルト様から声が上がった。
「ベアトリス嬢、私からも少しよいですか?」
「もちろんです」
「オル様と第二王子殿下かどうか私には判断しかねますが、今日お会いした方が第二王子殿下でないことなら言えるかと」
「「!!」」
「本当ですか⁉」
予想外のレイノルト様の発言に私達は一斉に驚いた。
「はい。彼は明らかに地毛ではありませんでしたから」
「地毛……もしやかつらということでしょうか」
「はい。ほんのわずかですが、中から地毛の色が出ていたのを発見しました」
「……凄い洞察力ですね」
「ありがとうございます」
そうレイノルト様に言われて思い返してみたが、かつらだとしても綺麗に装着されていたと思う。しかし、レイノルト様がこう断言した理由は一つだろう。
(レイノルト様、もしかして彼の心の声を……?)
もう一度ちらりと見上げれば、レイノルト様は小さく頷いた。その頷きに、私は仮面の男性が第二王子でないことを決定づけることができた。
「お姉様。一度オル様が第二王子という仮定で進めてみましょう」
「レティシア……」
「話を戻してしまうのですが……お姉様、もしやオル様に……第二王子殿下に以前お会いされたことはありませんか? 本人が偽名を明らかに本名に似せたとすれば、何か伝えたいことがあったのかと思いまして」
「第二王子殿下に……?」
ベアトリスはその一言と共に、考え込み始めるのだった。
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