304.長女は怯まない
二人きりで話す。
まさかそんな提案をするとは思っていなかったので、私とカルセインはピタリと動きを止めてしまう。それはシグノアス公爵も同じようで、すぐに返事は返ってこなかった。
「……申し訳ありませんベアトリス嬢。不調がベアトリス嬢に移るといけませんので」
「あら、残念です」
「その代わりに、別日に二人きりで会う機会を設けるのはいかがでしょうか?」
「…………それは光栄ですわ」
(納得してなさそうな間だ……)
そうベアトリスは笑顔で返すものの、声色は冷たいままだった。
「では後日、使いを送りますので。では、夜会をお楽しみください」
答えが聞きたかっただけの公爵は、出ていないのなら長居は不要と考えたのか、第二王子と共にさっさとその場を去ろうとした。しかし、それをベアトリスが止める。
「お待ちください」
「……まだ、何かご要望が」
そう尋ねたシグノアス公爵を無視して、ベアトリスは第二王子に向けて体ごと向けて話し始めた。
「第二王子殿下。家にあのように勝手に護衛を派遣されるのは非常に迷惑です。私が貴方に監視される理由は無いはずです。これはエルノーチェ公爵家からの抗議として、今ここで言わせていただきます。今すぐにも撤退させてください」
そう言われた瞬間、ほんの一瞬仮面が揺れた気がした。
「婚約もしていないのに、あのように軟禁するのは王族として、品のなさすぎる行為だと理解してらっしゃいますか?」
「ベアトリス嬢。殿下は心配するお気持ちからーー」
「シグノアス公爵。大変申し訳ございませんが、今私は第二王子殿下に聞いているので。いくら体調が悪かろうと、仮面を外せずとも、声を出せずとも……首を振ることはできるでしょう」
「…………」
シグノアス公爵はベアトリスの正論に介入するのをやめて、どうすべきか悩んでいるようだった。反対にベアトリスは怒りの眼差しで第二王子にこれでもかというほど近付いた。
「ですので殿下、改めてお伝えします。護衛騎士を撤退させてください。監視の目は非常に不愉快です」
「……」
少しの沈黙の後、第二王子はふるふると横に首を振った。
「!」
「……」
「ベアトリス嬢、殿下もこう言っておりますので。それに最近は物騒ですからね、あれくらい護衛はいないと」
(物騒にしているのは貴方でしょう)
シグノアス公爵の発言には思わずあきれてしまったが、それはレイノルト様もカルセインも同じようだった。
「……撤退させる気はないのですね」
「……」
ベアトリスの問いかけに、今度は首を縦に振った。その瞬間、ベアトリスのまとう雰囲気が変わった。
「そう……そうですか。わかりました。お時間を取ってしまい大変申し訳ございません。シグノアス公爵、先程の申し出は忘れてください。……二人の時間など、私には分不相応ですわ」
「!」
「ベアトリス嬢、どうかお気を悪くなさらないでください。体調不良は本当のことですから」
「そうですか」
ベアトリスの笑顔からは怒りが消えており、何も読めとれないほど綺麗な笑顔になっていた。
「では私達はこれで」
今度こそと言わんばかりにシグノアス公爵は去っていった。しかし、第二王子はすぐに後を付いて行かず、何か動揺したのか、ベアトリスをじっと見ていた。しかし、公爵の後をついて行かなければいけない第二王子は、すぐに公爵の方を向いた。
「…………馬鹿ね」
ベアトリスはそう呟いた。その瞬間、第二王子がこちらを向く。そしてベアトリスは、顔を改めて見上げて仮面をこれでもかというくらい見つめた。
そしてベアトリスは。折れた扇子で仮面を指しながらふっと笑うと、一言彼に告げた。
「……待ってなさい」
「!!」
表情は全く見えない状況だが、第二王子が息を呑むのがわかった。しかし、彼はそれ以上反応する時間もなく、急いで公爵の後ろを追っていった。
二人が去ると私はベアトリスの方を見た。
「お姉様……」
「…………はぁ」
ベアトリスは小さくため息をつくと、扇子を下ろした。まとっていた冷たさはひとまず完全に消え去り、残ったのはベアトリスの疲れた表情だった。
「大丈夫よ。少し緊張していただけだから」
「本当に大丈夫ですか?」
「えぇ。知りたいことは知れたから」
「……それなら」
力なく微笑むベアトリスの様子は、嘘をついているようには見えなかった。後で話してもらえそうなら、第二王子とのやり取りで何を掴んだのか教えてもらおうと思うのだった。
ひとまず、ベアトリスがほんの少しだけ満足そうな微笑みを見せたので、私も少し安堵するのだった。カルセインはまだ不安げな表情でベアトリスを見ていた。
(……どうかお姉様の願いが叶いますように)
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