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29.侍女の告白


「お嬢様!」

「ただいま。ラナ」


 心配そうな面持ちで迎えるラナに、気の抜けた笑みで返事をする。今まで一度も呼び出しをされたことが無かったが、私以上にラナの方が状況が全く把握できず狼狽えていたようだ。取り敢えず無事に帰還した私を見て安堵の笑みを浮かべてくれた。


「びっくりしましたよぉ……公爵様から呼び出されるなんて無かったじゃないですか。これからも無干渉だと思ってたのに……何があったんですか?」

「驚かせてごめんね、ラナ。一からしっかりと説明するから、まずは着替えてもいい? せっかくベアトリスお姉様から頂いたものだもの。これ以上シワをつけたくないわ」

「わかりました!」


 快く頷くラナに手伝ってもらいながら部屋着へと着替えていった。一息つくと、今日あった出来事を全てくまなく話した。それはキャサリンの話から始まり、書斎の出来事にまで及んだ。


「……お嬢様が」

「うん」

「お嬢様が進化している……!」

「え、何て?」

「私、感激です。……お嬢様が。家族に関する面倒事には関心も興味もなく、極限の放置を決め込んでいたお嬢様が。ようやく、遂に、やっと!反論するだなんて!」

「…………」

 

 貴族の令嬢らしからぬ、口を開けてポカンとした状態で立ち上がったラナを見つめる。「頑張りましたね」や「お疲れ様でした」という労りの言葉が返ってくるとばかり思っていた私は、予想の斜め上を行くラナの反応に戸惑いを隠させない。


 両手を一人で握りしめながら胸の前に置くと、感激ですと言わんばかりの状態になった。感動しすぎたのか、心なしか嬉し涙を浮かべるラナにますます理解が追い付かなくなる。私が頭の上に何個も疑問符を浮かべていると、ラナは心境を話し始めた。


「すみませんお嬢様。あまりにも嬉しくて、取り乱しました……」

「あぁ、うん。大丈夫、よ」

「……お嬢様が放置する姿勢を取った理由は重々承知していましたが、一度くらいは言い返してほしいとずっと思っていたのです」

「そうだったの……」


 ラナはそんな素振りを見せたことも、感じさせたこともなかった。心の内に一人でずっと秘めていたのだろうか。


「お嬢様は興味ない精神で、キャサリン様に何と言われようと利用されようと、全く傷つかないお方ということもわかっています。ですが、時々感じていたんです。お嬢様は少し御自身を蔑ろにしているのではないかと」

「蔑ろ…………」


 その言葉が胸に強く突き刺さった気がした。


「はい。確かに悪評が定着し、なす術は無かったかもしれません。それでも諦めて切り捨てる必要はないと思うのです。お嬢様の未来に社交界がないかもしれません。だからと言って、今御自身を。お嬢様の心を、そこまで捨てなくても良いと思うんです。今の自分と未来の自分は無関係では無いのですから」

「ラナ…………」


 私が思っているよりもラナは、私の事を考えてくれていた。その事と放たれた言葉の暖かさに思わず涙する。


「お、お嬢様。どうされました?私、何か失礼なことを……」

「……ううん、違う」


 あわあわと慌て出すラナの隣で大粒の涙を流しながら、込み上げる感情を噛み締める。

 

 その言葉は嬉しくも恥ずかしくて、ありがたくもどこか苦しくて、でも確実に暖かい。そんな言葉が胸にゆっくりと染み込むのを感じながら、ラナから受け取ったハンカチで涙を拭いていた。


「…………ありがとう、ラナ」

「感謝されるようなことはなにもしてませんよぉ……」


 気付けばラナにも涙は戻ってきており、二人で顔を見合いながら泣いていた。そんな光景が不思議だったが、嬉しさの笑みがこぼれていた。

 

 しばらくして落ち着くと、ラナに思いの丈をぶつけるように告げた。ここまでくると遠慮も要らないと添えると、容赦なくけれども優しい言葉で伝えてくれた。


「お嬢様。貴族のご令嬢が外に出て働くだなんて言語道断。……なんてことは言いません。華やかな結婚こそが幸せであり、それを目指して努力をすることが常識の世の中。ですが働いているお嬢様はとても幸せそうに見えます。なので、お嬢様の思う幸せの形を叶えてくれるのならば私は何も文句はありません」

「ラナ……」

「ただし!」

「はい!」


 真剣な瞳に変わるラナにつられて、私も背筋をシャキッと伸ばす。


「自分を大切にすることだけは忘れないでください。悪評だからと諦めて、自身の尊厳まで失わないでください。今その姿勢を取れば、絶対未来のお嬢様に影響しますから。そして、お嬢様には反論する権利があります。文句を言う資格があります。嫌になったり腹が立ったら容赦なく突っ込んでいいんですから。それを忘れずに、これからは社交界と向き合って下さい」

(向き合う……)


 その言葉にベアトリスの姿を思い出す。そして自分は楽をしようと、逃げ続けていたことを痛感する。それは社交界だけではなく、姉に関することもだ。


 あの日決めた決意に、更なる思いを上乗せして力強く頷くと、自分の小指をラナに差し出した。


「約束ですからね!」 

「うん」


 指切りをし終えると、生まれ変わろうという強い思いが芽生え始めた。もちろん自分らしさを忘れずに。

 


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

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