292.情勢の変化(レイノルト視点)
カルセイン殿との話で確認できたことは、シグノアス公爵家の脅威と貴族の半分がリカルド殿ではなく第二王子を支持する声が出ているのだとか。
(……その半分の内、シグノアス公爵家に関与しない家も多くいるのだから驚きだな)
カルセイン殿から聞いた話では、第二王子が王位継承権を再び主張し始めた頃、最初は社交界でも馬鹿にした声が多かったのだとか。「何をいまさら」「兄がいなくなったから自分がなれると勘違いしているのではないか」「兄との仲は良好だったらしいからな。兄以外となら争ってもよいということだろう」「卑怯者め」といった、お世辞にも応援にもならない声ばかりだったのだとか。
それが大きく変わったのは、一つの事実に近い噂が流れたから。
内容は、“第二王子は自分の意思で王位継承権を放棄したのではなくさせられた。それは兄弟での争いを嫌った王妃によって、無理やり行われたものだ。そこに第二王子の意思はなかった。これはある種の虐待だ”と。これを流したのが、王妃の実兄であるシグノアス公爵なのだから、信用性は大きく、第二王子に対する同情票がかなり集まる結果になってしまった。
その上、普段から真面目に騎士としての仕事をこなしてきた第二王子は平民からの大きな支持も見込めるのだとか。結果的に、帝国がただ後ろ盾になっただけでは問題を解決できそうにないというのが結論だった。
(……これは想像以上に厄介だな)
第二王子が他の誰でもないベアトリスを婚約者に指名した件については、誰も正確な理由を知らないが政治的な面で見れば有効な手ではあるようだ。カルセイン殿から聞いた話では、エドモンド殿下の一件より、ご令嬢達の間ではエルノーチェ公爵家の三姉妹がかなり人気を博しているのだとか。
公爵代理を務めるほど優秀かつ淑女としても一流で、弟・妹想いの長女ベアトリス。長年王妃になるための教育を弱音を吐かず遂行した、淑女として完璧な次女リリアンヌ。絶望的な立場でも諦めずに戦うことを選び、その多くの魅力で隣国の大公まで恋に落とした幻の四女レティシア。
レティシアが幻と呼ばれているのは、戦いに勝ち社交界からの評価が大きく好転したところで隣国である帝国に姿を消してしまったから。今となっては王国の社交界でその姿を見れることはなかなかなく、それを残念がっている者もいるのだとか。
(この三人のうち、婚約さえもしていないベアトリス嬢は確かに良い相手だろうな)
王家からの婚約打診となれば、基本的に断れないものだ。しかしそれが今保留にできているのは、間違いなく国王陛下が許可していないからだろう。
この問題は以上に厄介だが、一番気になるものと言えば……。
「カルセイン殿」
「はい」
「ベアトリス嬢はこの婚約に関して何と」
「それが……この婚約を聞いた瞬間、黙り込んでしまって。姉様自身も思うことがあったのか、考えがまとまらないのか……とても私から聞ける様子ではありませんでした」
姉であるからこそ、相手の立場を尊重した結果言い出してもらう方がありがたいという気持ちはよくわかる。
「今日……レティシアに話してくれていると良いのですが……考え過ぎても、ため込み過ぎても、いい解決策は見つかりませんから」
「そうですね」
頷きながらカルセイン殿の話を納得しながら聞いた。そこまで話したところで、ちょうどモルトン卿が私達の様子を見に来てくれた。レティシアとの話が上手くいったのか、ここからは全員集合して話すことになった。
移動する最中、玄関が騒がしい様子に気が付いた。
「……あれは、どこかの使者ですかね」
「みたいですね……レイノルト様、先に向かっていてください。私は様子を見てから参りますので」
「わかりました。くれぐれもお気を付けて」
「ありがとうございます」
カルセイン殿の申し出に答えて、私は一足先にレティシア達の元へ一人向かうことにした。
(モルトン卿も傍についていることだし、大丈夫だろう)
◆◆◆
〈カルセイン視点〉
玄関で執事長が対応している姿が見えた。
(執事長自ら対応を……?)
不穏そうな雰囲気を察知したため、レイノルト様に先に向かうように伝えてから、俺はモルトン卿と共に玄関に向かった。
「何の騒ぎだ」
「カルセイン様」
「これはこれは! エルノーチェ公子様」
「……本日は来客の予定はないぞ」
「いえいえ。私は招待状を届けに来ただけにございます」
「……誰の使いだ」
見覚えのない使者に警戒する。
「失礼しました。私、シグノアス公爵様よりこちらをお届けするように参った所存です」
「!!」
思いもよらない接触に体が強張る。
「お受け取りいただきませんか?」
「…………いただこう」
「返事は今いただけるのが最適ですがーー」
「いや。考えさせてもらう」
「……かしこまりました」
使者は一礼すると、役目を果たしたように屋敷から去っていった。
(あの自称護衛がいるなかで入ってくる時点で、察するべきだったな……)
苦い顔をになりながら、招待状の封を開いた。
「これは……!」
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