291.縮まる心の距離(レイノルト視点)
レティシアを見送ると、義兄であるカルセイン殿と共に応接室へ移動した。
「改めまして……お久しぶりです、レイノルト様」
「お久しぶりです、お義兄様」
「!? ……お、おやめください」
「おや、駄目でしたか?」
「失礼ながら、私の方が年下の身で……」
「変わらないでしょう」
「み、身分も下です!」
「そうですか……」
以前似たようなやり取りをしたので、緊張した面持ちのカルセイン殿を少しでもほぐせたらと思っての発言だったが、上手くいかなかった気がする。
「ですがありがとうございます。お気持ちだけありがたくいただきます」
(レイノルト様に気を遣わせてしまってる……申し訳ない)
少し落ち込んだかと思えば、どうやら意図は伝わっていたようで、その様子がカルセイン殿の心から聞こえてきた。
「……」
(伝わったのか……)
「すみません。思えばレイノルト様と二人きりで話すのは初めてな気がして……少し緊張してしまいました」
「……もしや私の圧が強いですか?」
「まさか! 私が必要以上に緊張していて」
(緊張させているのは自分なんだよな……)
カルセイン殿なりの気遣いに、苦笑いになるものの同時に胸が暖かくなっていた。
(レイノルト様とは家族になったんだ! 緊張するな……!)
自分に対して鼓舞するようなカルセイン殿の心の声が聞こえてきた。家族という言葉が、認められていると嬉しくなってしまった。
「お座りください」
「ありがとうございます」
向かい合って座ると、カルセイン殿の顔が良く見えた。緊張はまだとれていないようだった。
「レティシアは……帝国で上手くやっているでしょうか」
「はい。とても強かで……頼ってほしいと思うのですが、自分の力でやり遂げたいという想いもあるみたいで。……見守ることがほとんどなのですが」
「……」
(……レイノルト様でもこんなに落ち込むものなのか? うちのレティシア一体何をしたんだ!?)
気の緩みと家族と言われた嬉しさから、思わず本音をこぼしてしまった。
(カルセインの中で私は一体どんな人間になっているんだ……?)
誤解だろうかと一抹の不安を抱きながら話を続ける。
「ですが。私のできる範囲で、レティシアを支えることができていると思います」
「……レイノルト様でもお悩みになられるんですね」
「え?」
「あっ……すみません。こんなことを言ってはいけないと思うのですが、レイノルト様とレティシアの恋愛だったらレイノルト様が上手くリードしているのかとばかり……」
(レイノルト様の言葉と様子から、レティシアは身を任せてるだけじゃないみたいが……かえってそれは不安だろうな)
多くを語ったつもりはないが、それでも口に出した内容からここまで深く推測してくれるカルセイン殿に感動を覚えた。
「リード……できる場所は頑張ろうかと」
「応援しております……!」
「ありがとうございます」
ここまで話してみて、最初に比べてカルセイン殿との心の距離が近付くことができたように感じた。
「……本題に入りましょうか」
「そうですね」
カルセイン殿の緊張がとけてきたところで、私達は話題を変えた。
「レイノルト様……本日こちらにいらしたのは、レティシアの婚約者としてですか?」
「……いえ。それだけではありません」
「やはりそうでしたか……」
「カルセイン殿はどれくらい把握しておりますか?」
王国の宰相を務めるだけあって、私が来た意味も理解しているようだった。
「実は国王陛下に最後お会いした日、言われた言葉がありまして」
「言われた言葉ですか」
「はい。最後にお会いしたのは、エルノーチェ公爵家に軟禁される少し前なのですが……陛下は、何か問題が起きた時は、どうか帝国の使者を頼ってほしいとおっしゃっていました。思えば、あの頃から陛下は第二王子の動きに気が付かれていたのかと思います」
「なるほど」
「……その使者はレイノルト様で間違いありませんか?」
慎重に尋ねられた言葉には、すぐに返答できず目を閉じた。
(……兄様に聞いた、帝国としての答えはーー)
そっと開くと、カルセイン殿の瞳を真っすぐ捉えて力強く微笑んだ。
「えぇ、間違いありません。皇帝より直々に命を受けて参りました。フェルクス大公子の後ろ盾になり、セシティスタ王国国王陛下の助けになるために」
「!! 良かった……」
答えを聞いた瞬間、カルセイン殿から安堵の笑みがこぼれた。
フィルナリア帝国として、兄である皇帝が下した答えは、助けに応じるというものだった。
(もちろん、安全最優先だが……俺には、レティシアとその家族であるエルノーチェ公爵家を守る義務がある)
幸いその思いは兄に伝わっていたようで、笑顔で送り出されたのだった。
「カルセイン殿。今は宰相の仕事はどうされているのですか?」
「宰相の仕事をする分には登城は許されているのですが……その」
「……ベアトリス嬢、ですね」
「はい。多くの監視がいる中、ここに一人残すのが気がかりで。リリアンヌは早くにフェルクス大公邸に逃がしたのですが……そのせいで連絡ができずにいます」
「常に監視の目がある、ということですね」
「はい。……皮肉なことに、宰相に就任してそこまで経っていないので、私がいなくとも国は回っているのです」
悔しそうに手に力を入れるカルセイン殿を見て、私も良い気分はしなかった。
「カルセイン殿。どうするべきか案を考えましょう」
「よいのですか?」
「私はそのために参りましたから」
「あ……ありがとうございます!」
こうしてカルセイン殿と二人、今後に関してどう動くべきか会議を進めるのだった。
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