289.二人の侍女(エリン視点)
お仕えする主の安全を確保するのが私の役目。
今回は雇用主にあたる旦那様ーーリーンベルク大公の許可が出たので、主であるお嬢様ーーレティシア様の専属護衛兼侍女としてしてセシティスタ王国に同行していた。
お嬢様の実家に到着したはいいものの、意味の分からない連中が行く手を阻んだ。我が主の道を邪魔するとはいい度胸だと思いながら、馬車の陰で始末する準備を着々と進めていた。しかし、お嬢様はお優しいので直接的な武力ではない脅しで突破することを選択なさった。
その最中、馬車に向かって来た旦那様に命をもらった。
「エリン」
「はい、旦那様」
「公爵家に入った後、私とレティシアはそのまま屋敷に入る。君はその間今のエルノーチェ公爵家の中を調べてくれ。対象は護衛と称して監視している王国騎士団だ」
「ですが、お嬢様のお傍を離れるわけには」
「屋敷の中は安全だと踏んでいる……今のところは。それに確か、エルノーチェ公爵家にはレティシア専属の護衛騎士がいたはずだ」
「護衛騎士……」
そう言われて、私の眉がぴくりと動く。
「……気になるか?」
「はい。お嬢様を守れる方なのか……」
「問題ないと思う」
「……旦那様がそうおっしゃるのなら」
自分で言うことではないが、私の護衛としての腕は確かなものだと自負している。なので、他人に任せるより自分でお嬢様を守る方が安全だというのが本音だ。しかし、雇用主である旦那様の命に背くわけにもいかない。
「ちなみにエリン」
「はい」
「……レティシアのことをお嬢様と呼んでいるのか?」
「もちろんです」
「奥様ではなく?」
「旦那様。その呼び方ができるようになるのは結婚後です。早く式をお挙げください」
「……それもそうだな」
旦那様が言いたいこともよくわかる。
自分は旦那様という呼びなのに、妻であられるレティシア様をお嬢様と呼べば夫婦ではなく親子のように感じて、どことなく寂しさを感じるのだろう。
だが、私も専属護衛だある前に一人前の侍女なのだ。立場は濁すべきではないし、何よりお嬢様自身がまだ奥様と呼ばれるのにはご自身が早いと感じているのがわかる。それ故に、シェイラさん達他の侍女と共に呼び方はまだお嬢様呼び固定にしている。
(……帝国に戻ったら、式を挙げるのかな。挙げるといいな)
私だってできることなら早く奥様とお呼びしたいのだ。
だがこれを口にすることはない。立場はわきまえているから。
そしてお嬢様の指示通り、私は馬車を突進させたのだった。
「少し馬車の整理をして参ります」
そう言って馬車を御者の方と共に移動させるため、一度旦那様とお嬢様と分かれることになった。分かれた後、馬車は御者の方にお願いして、私は自分の任務を果たそうと務めた。
(……元々はこっちの方が得意だから)
情報集めは久しぶりに行うが、腕がなまっているということはなかった。
気配を消して、各所の王家の騎士の話を盗み聞きして回っていた。
(……一回りしたな。後は中の騎士だ)
そっと木の上に登ると、空いている窓を見つけてそこから屋敷の中へと入る。
「きゃっ!!」
(しまった、見えなかった!)
人がいないことを確認したつもりだったが、死角に人がいたようだった。
急いで姿を消そうとすると、何故か呼び止められた。
「あ。もしかしてフィルナリア帝国の方ですか?」
「…………はい」
警戒しながらも答える。恐らく相手は、エルノーチェ公爵家の使用人で間違いない。ただ、悪い印象を持たれてしまうのは気が引けた。
(誤解を解くべきか……)
そう悩む間に、向こうが話し続けてくれた。
「その恰好……もしかして、お嬢様の侍女さんですか?」
「え……お嬢様とは」
「レティシアお嬢様のことです」
「は、はい。そうです」
「そうなんですね……!」
その途端、目の前の侍女の目が輝いた。
「帝国でのお嬢様のお話を是非ーーあ。それよりも先に、お嬢様のところへご案内した方が良いわよね」
「あ、あの……」
「迷子になられたんですよね? 安心してください。責任を持って送り届けますから」
「え」
「それにしても凄い風ですね。窓は閉めておいた方がよさそう」
(もしや、見られてない……⁉)
その上色々と勘違いをされているので、私はそれに乗っかることにした。
「では行きましょう」
「は、はい」
「名乗り忘れていましたね。お初にお目にかかります。私はお嬢様がエルノーチェ公爵家にいる間、傍に仕えさせていただいたラナと申します」
(まさかの先輩⁉)
エルノーチェ公爵家の侍女だとは思っていたが、まさかお嬢様の専属侍女だったとは。
「わ、私の方こそお初にお目にかかります。帝国でお嬢様のお傍に仕えさせていただいている、エリンと申します……!」
「エリンさん、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします……!」
先輩侍女であるラナ様は、とても穏やかで優しく、にこにことしていた。
「実は私まだ、お嬢様にお会いできてなくて」
「そうなんですね」
「だから少し早歩きでもよいですか?」
「も、もちろんです!」
(……ラナ先輩、可愛い)
侍女としてのベテランの雰囲気が漂うラナ様に惹かれるのに、時間はかからなかった。
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