24.談笑する二人
夜会がお開きになる時間はまだ先で、私達は談笑を続けた。
「あれから私も探してみたんです」
「何をですか」
「以前レディが購入された、スノードームです。書斎にでも置いておこうかと思いまして」
「見つかりましたか?」
「はい。今度お見せする機会があれば良いのですが……。レディのおかげで良い物に巡り合いました」
「大したことでは……」
「書類仕事ばかりだと疲れますし、私の机は殺風景なのでちょうど良かったです。ふとした時にひっくり返してみると和みますね」
「綺麗ですよね」
(書斎にスノードーム……)
思わずレイノルト様が書斎でスノードームを眺める姿を思い浮かべる。
圧倒的な気品とオーラを兼ね備えている彼に、正直庶民的な置物であるスノードームは似合わないと思った。それでも手に持つ姿は何故か想像できて、その姿は少し面白く微笑ましいものに感じる。
「ふふっ」
「おや」
「あ……すみません。何だか微笑ましくて。それに、私が言うのも可笑しな話ですけれど、貴族である方がスノードームを手にする姿は意外すぎて違和感を感じてしまいます」
気が緩んでいたせいか、思わず笑い声が漏れてしまった。失礼に値しないだろうかという不安は、終始向けられている柔らかな瞳を見れば嘘のように消え去る。
「実は友人にも何だそれはと言われたんです。貴族の間では確かに見かけませんから、友人の反応は正常でしょう。同じ貴族ですが、不思議とレディにはスノードームがよく似合う気がします」
似合うと言われても全く不快ではない。庶民気質な所が自分にあるという自覚はとっくにしている。日々過ごしていると感じるのは、貴族が労働をしているよりも平民が貴族のフリをしている感覚だ。
(自分の本質や生まれ育った感覚は、庶民に近いと思うなぁ)
レイノルト様の言葉を受けながら、改めて己に関して考え直した。
「レディ、変に受け取らないでくださいね?貴女ならばスノードームだけではなく、どんなものでも似合うと思いますよ。極端におかしな物は除きますが。それくらい、貴女は魅力的な人です」
「さすがに褒めすぎかと」
(御世辞にしてもね)
唐突な褒め言葉を受け流すと同時に、話題はスノードームから建国祭へと移った。
「明日はどの会場に参加なされますか?」
「明日は南部で開かれるものに参加する予定です」
「南部ですか……王都に比べると遠い気がしますが」
「そうですね。末娘と言えど公爵家の人間に変わりはないので、地方にも顔を出さなくてはいけないみたいです」
(悪評があるから歓迎されないと思うし、形式上とはいえ行かなくて良いならサボりたいけど)
心なしか、地方の方が好奇の視線が鋭く突き刺さる気がする。もはやそんなことでは動じないが、絡んでくる輩は王都よりも多い。想像するだけでも溜め息が出る。
「レディと同じ会場に参加したいのですが、悲しいことに明日は急に仕事が入りまして」
「そうなんですか、頑張ってください」
「ありがとうございます」
(少し……残念)
知り合いが一人いるだけで大分変わるので、不参加を残念に感じる。レイノルト様はあくまでも隣国の貴族の方のため、本来ならば建国祭は最終日のみ出席すればよいのだ。
今日わざわざ足を運んだ理由はわからないが、おかげでいつもに比べ楽しい時間を過ごせた。会話をしているからなのか、過ぎる時間が早く感じた。
そんな時間も終わりを向かえ、そろそろ帰り始める時間となった。
「もうこんな時間ですか。レディもそろそろお帰りになりますよね?」
「そうですね」
解散の雰囲気を感じながら席を立つ。別れを告げようとした時、レイノルト様の方が先に口が開いた。
「……これだけ親しく話しているのに、レディ呼びは何だか寂しいですね。観光したあの日の方が、近く感じるほどです」
(……確かに、そうかもしれない…………気がする)
「……よろしければ名前でお呼びしてもよろしいでしょうか。レティシア嬢と」
「もちろん構いません」
「それは良かった。……もしよろしければ、私の事も名前で呼んでくれませんか?」
「わかりました、レイノルト様」
「……レイでも構いませんよ?」
「それはさすがに……」
「いつでもお待ちしていますね」
「…………」
(黙って笑っとこう)
突然の提案だがお互い話し相手となり、顔見知りよりも名前で呼び合うほどの仲であると言える気がしたので頷いた。呼び方に関しては変える気はないので、無言で微笑んだ。
馬車まで二人で歩き、到着するとエスコートしてもらったその手を離した。
「本日はありがとうございました。とても有意義な時間を過ごせました」
「嬉しい言葉をありがとうございます。また話しかけに行きますね?」
「お待ちしています」
「……ではレティシア嬢、良い夢を」
「レイノルト様も」
軽く一礼をすると、帰路へ向かう。
レイノルト様の馬車はまだ来ないのか、私の馬車が出発するまで見送ってくれた。レイノルト様が見えなくなるまで、私も馬車の中で手を軽く振り続けた。
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