161.繋がった疑問のピース
モルトン卿の言うように、仲介者がいるのかもしれない。ただ遠い存在から手をつける時間はない。
そして、今必要なのは仲介者ではなく仲裁者。もっと厳密に言えばオーレイ侯爵の悪事を問答無用で止められる人物だ。
そんな人物が都合良くいるはずない、そう普通なら思うところだ。しかし何故か奇跡は起こった、のかもしれない。その僅かな希望の可能性にすがらずにはいられなかった。
部屋の扉を勢い良く開けると、机に置いておいたフィルナリア帝国の貴族名鑑を開いた。開いてすぐに飛び込んできた名前に、自分の感じた予感に正解に近い確信を持った。
「お嬢様!」
同じく走って後を追ってきたモルトン卿。
「どうされましたか?」
「……ライオネル」
「ライオネル?……それは」
見覚えのある面影を持った人、見るからに商売に不馴れな様子、そしてこの国を知らない他国から来た可能性を示したこと。
そして何よりも、名前を知っていたこと。
(偶然見えたと言っていたけど、最初から知っていたのなら話は別だわ)
もしも私という、弟の婚約者の存在を知っていたとするのなら。少し変わったお礼の品である発煙筒にも理解できる。
守ってくれようとしたのかもしれないし、監視をしようとしたのかもしれない。とにかく自分に関心があるということは確かだ。
握りしめていた発煙筒に再び目をやりながら、答えを導きだした。
「ライオネル……ライオネル・フィルナリア。フィルナリア帝国の現国王の名前」
「そうですね。ですが突然どうされたのですか」
(ライという名前を聞いた時点で思い出すべきだったのに)
帝国の国王陛下名前を知らないわけではない。ただ、セシティスタ王国にいるだなんてまるで考えなかった。
そして、帝国の国王陛下にはお会いしたことがなかった。だから今も、あくまで可能性の話であって確定的な話ではない。
「家族全員が出払ってしまっている今、動くのが危険だという貴方の意見もわかります、モルトン卿」
「はい」
「ですが……ラナは、侍女は私にとって唯一無二の掛け替えのない存在です。家族といっても過言ではないほど、大切な人なのです。家族の帰りを待っていては万が一の悲劇が起こります」
どんな時でも私の隣にいてくれた存在。ラナは、私レティシアという人間を見続けてくれた数少ない人だ。
その立場は専属侍女であっても、彼女は侍女以上の役割を果たしてくれた。
「お嬢様のお気持ちもわかります。ですが」
「安全が、保証される場合ならいかがでしょうか」
「……そんなことが?」
信じられないという思いをモルトン卿の瞳が語っていた。
「……フィルナリア帝国の国王陛下がセシティスタ王国にいるかもしれません」
「ありえません。国王が国を空けるなど」
「ありえないかもしれませんが、国王あるいは国王に準ずる人がいるはずなんです。……私の婚約者に繋がる方が」
「……」
「その人なら、他国の侯爵……フィルナリア帝国のオーレイ侯爵の行動を制限できるはずです」
「……可能性の話ですか」
「そうです。……ですが、今私にできることはいるかもしれない方にあって協力を頼むことしかできません」
「……それも罠かもしれません。お嬢様の言う人物がオーレイ侯爵と繋がっている人物かも」
「その可能性は否定できませんが……会う価値はあります。尤も、そこにいるかはわかりませんが」
「……」
ふざけたことを言っているのはわかっている。全て可能性の話で、何一つ噛み合わない確率の方が高いことも含めて理解している。その上での発言だった。
「どうか行かせてください」
「……私にはお嬢様を守る義務があります」
「……」
モルトン卿が許可をだしてくれるかは、正直わからなかった。ベアトリスという姉であり当主代理と契約を結んでいる彼なら、問答無用で止めるかもしれない。
「ですが、専属護衛としてお嬢様の命に従うこと、希望を叶えることも義務です」
「!」
「行きましょう。お嬢様の言う方が待つ場所に」
「はい!」
モルトン卿は複雑そうな眼差しから、覚悟を決めた瞳で頷いてくれた。
向かうはレイノルト様が使っている屋敷。オーレイ侯爵は滞在できなくても、帝国国王なら可能だ。むしろ、先客がいたからオーレイ侯爵は滞在できなかったとも考えられる気がした。
「お嬢様いいですか。決して危険な真似はしないでください。何かあればすぐに私を盾にしてください。それが我々の役目です」
「……わかりました」
「はい」
モルトン卿といくつかの約束事をしながら、屋敷へと急ぎ向かった。