160.長男と次男(リトス視点)
幼い頃から兄との仲は良いものではなかった。自分から特段嫌っていたことはない。気が付いたら俺は兄の嫌悪の対象になっていたのだ。
帝国の名門貴族であるオーレイ侯爵家。その次男に生まれながらも、長男である兄よりも優秀だった。勉学も、剣術も何もかも。でも両親は分け隔てなく育ててくれた。どちらが優秀だと比べること無く、平等に接してくれた。
けど兄から嫌われるのには、充分な理由を持っていた。
それでも俺は兄のことが大切で、次男として支えていくつもりだった。けど兄からしたら、それはちっとも望んでいなかったことだったのだ。
俺が侯爵家を出たのは、自分の身を守るためだった。
いつからか兄から感じるものが、ただの嫌悪だけでは無くなっていた。何か上手くいかなければ、問答無用で弟である自分のせいにするようになっていた。
兄の殺気や、理不尽な感情に気付いた時。自分は大きな過ちをしてしまったことを理解した。
俺は家を出るのではなく、兄を追い出さなくてはいけなかったのだと。
名家であるオーレイ家を守るには、自分が侯爵になる必要があったのだと。
そしてそれが後悔として再び自分の前に現れたのは、帰国したことが影響していた。
レイノルトと共に帰国をすれば、待っていたのは最悪の報せだった。
一つはオーレイ侯爵家がもはや名家とは呼べなくなっていたこと。当主である兄の領地経営は決して良いものとは言えず、廃れてしまっていることを知った。
そしてもう一つ、何よりも俺を震え上がらせたのは今兄がフィルナリア帝国にいないという事実だった。
久しぶりにオーレイ侯爵家に足を運び行き先を尋ねれば、俺に会いに行ったと。その言葉を執事から聞いた瞬間、レイノルトに告げて即刻帰国することを決めた。レイノルトも、セシティスタ王国に急ぎ向かうべきだと判断してくれた。
兄が何を考えているのかは全くわからない。ただ、上手く行かなかった出来事がある以上、また責任転嫁をするつもりだろう。
俺を潰すために、わざわざ国を跨いで訪ねたのだ。その執着ぶりに呆れるが、同時にセシティスタ王国に残る姫君の安否が気になった。
俺がセシティスタ王国で関わったのは、姫君だけだから。
何をしでかすかわからない兄を止めるために、俺達はとにかく急いでセシティスタに戻った。
しかし不運は重なり、足止めを食らっていたのだ。
「……すまないレイノルト。こんなことになるとは」
「謝るなリトス。お前が悪いわけではない。……だが、もしオーレイ侯爵がレティシアに何かをした瞬間、俺は容赦することはできない」
「もちろんだ。その時は徹底的に潰してくれ」
アセルタ国の国境付近の町で足止めされながら、道路が復旧することを今か今かと願っていた。
「万が一が起きて……怒りが収まらなかったら、俺の首もはねてくれ。それだけのことをしでかした」
「やめろ。何度も言うがもうお前とオーレイ侯爵の繋がりはない。縁を切っただろう」
「書類上は、な。……切っても切りきれない縁が、体の中をめぐっているよ」
自嘲気味に笑いながら、兄の顔を思い浮かべた。
思い出すのは怒りを抑えきれずにいる姿ばかり。どれも自分に当たり散らかして、見てられるものではなかった。
家を出ても、兄の視界から消えても、関係をできるだけ無くしても。
まるで呪いのように兄は俺のことを忘れなかった。苛立ちを消すことはできなかった。……俺にできることはもう残されていなかった。
思い詰めるような表情でもう一度レイノルトに謝罪する。
「……本当にすまない」
「謝るな。何か起こっても、リトスは無関係だ。それに」
謝罪は受け取られること無く、レイノルトは真剣な眼差しで呟いた。
「俺の後悔が、レティシアを苦しめるのではなく守る可能性はゼロじゃない」
「!!」
「その可能性に、お前もかけてくれ」
「……」
「今はそれしかできない」
「そう、だな……」
レイノルトが強く願う手を見つめながら、俺も同じことを願うのだった。
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