153.予想外のお礼
どっかで見たことがある後ろ姿。それを認識すると、警戒心を持ったまま恐る恐る近付いた。
フードを被った人物は、歩いたと思えば立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回すという怪しさ満載の動きをしていた。
(……ここで何をしてるんだろ。ここから先はエルノーチェ家しかないのに)
そう、この一本道の先には我が家しかないのだ。
(あ、もしかして公爵家に用事があるのか)
考えられる答えはその一つだった。警戒心を解かずに声をかけようとした瞬間、ゆっくりと振り向かれた。
「お、お嬢さん!」
「……こんにちは」
(私の事だよね。……それで、多分この人はぼったくられそうになってた男性)
何かを見つけたような表情を向ける男性に、若干硬い表情になりながらも挨拶をする。
「良かった、君を探していたんだ」
「私を、ですか?」
「あぁ。この前のお礼をと思って。人に尋ねながらエルノーチェ公爵家を探そうとしたんだが、なかなかたどり着けなくて」
「公爵家ならこの先に」
「なるほど、もう少し先だったか」
「はい」
「……君なら察していると思うが、何分私は他所の地域からやって来たものでな。ここら辺の土地勘はないんだ」
「初めて足を踏み入れる場所なら迷うのも当然の事かと」
こくりと頷くも、パッと疑問が浮かんだ。
「……あの、何故私が公爵家にいると思われたのですか。以前は名前も伏せてた気が」
「あぁ、自警団の所で書いている文字が偶然見えてしまって。すまない、不躾だったな」
「いえ。偶然なら仕方のないことです」
「ありがとう」
ペコリとお互いに小さくお辞儀をする。名前は彼に見えないように隠して書いていたつもりだが、よく考えると身長の高さから見えたかもしれないなと思った。
「それでお嬢さん。お礼の品なんだが、これを」
「……キーホルダー、ですか?」
渡されたのは、少し小さな筒の形をしたキーホルダー。何だろうと思いながら眺めていると、弾ませるような声で説明をしてくれた。
「それはだな、場所を教えるものだ。携帯型の花火みたいな」
「携帯型の花火……ですか?」
「そうだ。これを上に向けて紐を引くと、花火のような合図が打ち上げる」
「あ、合図」
(……前世でいう発煙筒、みたいなものかな)
話す姿はどこか嬉々としており、楽しそうに教えてくれた。
「身に危険が起こったら使ってくれ」
(……こういうのって音とか匂いで気付かれるんじゃ)
「おっと、音とか匂いの問題なら安心してくれ。花火自体は小さくなるんだが、この分音や匂いは気付かない」
「よ、よくできてるんですね」
「あぁ。何せ私が作ったからな」
「……凄い、ですね」
「ありがとう」
謙遜する気など一切なく、世辞とも受け取らない姿に若干驚きながらも受け取った。
「この前のぼったくりは捕まったと聞いたが、いつ釈放されるかはわからない。罪を償った後でも、告発した君の事を恨んでいるかもしれない。それを抜きでも女性は身の安全を守るために、防犯対策できるものを持つべきなんだ」
「……なるほど、それでこれを」
「そういうことだ」
「ありがとうございます」
(どこかの高位貴族かと思ったけど、もしかしたら発明家か、あるいはリトスさんみたいな商人なのかもしれないな)
予想外のお礼に驚きながらも、実用性の高そうな物頂いた気持ちとして感謝を述べた。
「さてと。目的が達成できたので、私はここで失礼する。時間を取らせてすまなかった」
「いえ、貴重なものをありがとうございます」
「お守りとでも思って使ってくれ」
「ありがとうございました」
「ではこれで」
「お気をつけて」
来た道を真っ直ぐ戻る様子を少しの間見届けてから、私も公爵家へと向かった。
自室に入った瞬間、ラナに勢いよく名前を呼ばれた。
「お嬢様!! ご無事ですか!?」
「ラナ、どうしたの? 私なら何もないけど」
「それが、屋敷の周辺で不審者が出たと!」
「不審者……」
(その不審者って、もしかしなくても)
不審者という言葉に先程まで一緒にいた彼の姿が思い出される。
「何でも屋敷の周辺を彷徨いていた姿を、何人かの使用人が確認したようなのです。明らかに挙動不審というか、エルノーチェ公爵家に公式的に訪問するような様子ではなかったそうで」
「……なるほど」
「使用人が声をかけようと近付いた瞬間、そそくさと逃げたんです。これ以上怪しいことはありません!」
「……ちなみに顔は」
「見てません、見る前に逃げられたそうです」
ここまで騒いでいるラナや使用人には申し訳ないが、事の真相が何となくわかった私は落ち着かせるように説明をした。
「その人なら多分さっき会ったと思う。前にぼったくりの話はしたよね?」
「はい」
「その時助けた人がね、お礼をしに来てくれて。道に迷ってたみたいだから、そのせいで怪しく見えたのかも」
「な、なるほど……じゃ、じゃあ不審者では」
「ないと思う。ごめんね、騒ぎにしてしまって」
「とんでもないですよお嬢様。無事がわかったのなら安心ですから。……それにしても良かったです」
「うん」
確かにあのフード姿は怪しさ満点だなと思いながら、不審者扱いには納得してしまった。