148.感謝の贈り物を①
貯めていた自立計画の資金は底をついた。その代わりに手に入れたのが、姉と兄への贈り物である。
今まで何年もの時間を費やして働いて貯めてきたものが消えたのだから、心が空っぽになってもおかしくはないのだが、むしろ逆で不思議と何かで満たされていた。
(……喜んでくれるといいな)
レイノルト様には、彼が戻ってきてから渡すため大切に保管することにした。それぞれへの贈り物を持って部屋を出る。まず向かうのはベアトリスの元だ。
(夕方になったから、流石にお仕事は終わったかしら)
邪魔にならない時間を考えながらベアトリスがいる執務室へ到着すると、中で話し声が聞こえないことを確認してからノックをした。
「お姉様、レティシアです」
「レティシア、入りなさい」
「失礼します」
扉の向こうには、仕事を終えたであろう姉が一息ついていた様子だった。
「丁度良かった」
「?」
「レティシア、貴女このパーティーに出席する気がない? そんな大きなものではないの。どこにでもあるようなものの一つで、特別なものでもないから、経験を積むには良いと思って」
「それなら私でも参加できそうです。いつですか?」
「急な話でごめんなさいね、明日よ」
「明日ですか」
「えぇ。元々私が行くつもりだったのだけれど、少し立て込んでしまって」
「わかりました。私が行って参ります」
「ありがとう、助かるわ」
テキパキと仕事をこなしているが、その量は膨大なものだろう。私が役に立てるなら、自分にできることをなんでもしよう。
あれ以来、結局まだ社交界に参加はできていなかった。だから不安はあるものの、身に付けてきたものは嘘をつかない。それに、披露会という名の戦場をやりきったのだから、自信を持っていい筈だ。
そうやって自分に言い聞かせながら、パーティーへの心構えを整えた。
「それで? 私に何か用事があるのかしら」
「はい。……実は、昨日城下に行って参りました」
「城下に?」
「こちらをお渡ししたくて」
「これは……?」
「ささやかな、本当にささやかな贈り物です。使えるお金が限られていたので、あまり豪華な物ではありませんが」
「ありがとうレティシア。でも私の誕生日はまだだけど」
突然すぎるプレゼントに驚くのも無理はない。しっかりと思いを伝えるように、贈り物の趣旨を説明した。
「私が今こうしてこの場に立てていること。自分の道を切り開けたこと。全てはベアトリスお姉様があってこそです。私を守り抜いてくださったこと、支え続けてくださったこと、感謝すべきことは挙げたらきりがありません。言葉だけで済ませられるものではないので、何とか形にしたくて」
「レティシア……」
「ですので、どうぞ。受け取っていただければ幸いです」
「……もちろん、いただくわ。ありがとうレティシア。まさか妹からプレゼントされるだなんて思ってなかったわ。……凄く嬉しいわ、本当に」
プレゼントを撫でるように見つめるベアトリスの様子からは、心底嬉しいのだという気持ちが伝わってきて、思わず笑みがこぼれた。
「あけてもいい?」
「もちろんです」
前世の記憶から平民という感覚が引っ張られていることもあって、貴族の感覚やセンスからは遠いことを自覚していた。だからベアトリスが喜ぶものを考えるのが難しかった。だから考えを変えて、私がベアトリスに似合うと思ったものを購入した。
(本当はお姉様方にはドレスをお贈りしたかったのだけど、予算上それは不可能になってしまったわ)
流石にドレスの壁は高かった。
「……これは、ショール?」
「はい。その、お姉様が身に付けられているのを見たことがなかったので」
「素敵……凄く私好みだわ」
「もしよかったらお使いください」
「明日から早速使うわ。ありがとう、こんな有意義なものを」
「喜んでもらえて何よりです」
少しでも感謝の気持ちが届くといいな、そんな風に思いながらベアトリスを眺めていた。
ベアトリスはひとしきりショールを眺めると、何かに気づいたように私の方を見た。
「……レティシア。そう言えば」
「どうされました?」
「……使えるお金が限られていたと言っていたわね。もしかして、これ。貴女のお金じゃ」
「そうです」
「!!」
何故か驚くベアトリスにきょとんとしてしまう。
「……」
「……」
そしてショールを持ったまま固まったかと思うと、ゆっくりとこちらにきて、優しく抱き締めてくれた。
「お姉様?」
「……凄く、凄く大切に使うわ」
「あ、ありがとうございます」
「世界一大切にするわ。これは私の宝物よ」
「さ、さすがに言い過ぎでは……」
「いいえ。それだけ価値があるものですもの」
ぎゅっと抱き締められ終わると、両肩に手を置かれながら僅かに涙ぐんだベアトリスに感謝を告げられた。
「……これに使われたお金がどのようにして得られたものか、何に当てられていたのか、よくわかるの。知っているの。だからこそ、何にも変えがたい価値のつけられない宝物になるのよ」
「ベアトリスお姉様……」
「ありがとう。私の妹で居続けてくれて。信じてくれて。……この道を歩んでくれて。大好きよ、私の可愛い妹」
頭を撫でられると、ベアトリスの涙ぐむ姿に影響を受けて自分も泣きそうになった。その言葉があまりにも嬉しくて、心の底から幸せな笑顔を浮かべた。
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