147.誤解を招かないように
ひとしきりスノードームを眺めると、思い出したようにライは口を開いた。
「お嬢さん、そういえばこれは自分でも作れるのか?」
「はい。材料さえ集めれば、作るのは割と簡単ですよ」
「そうなのか……これが」
(確かにパッと見難しそうな作りをしてる印象を受けるよなぁ……)
納得の反応に内心で頷く。
「ご興味があるのならお教え致しましょうか?」
「本当か? それはありがたい」
「では後程書き出しますね」
「……あぁ、頼む」
でしゃばり過ぎたかなという不安は、嬉しそうな笑みを見ると吹き飛んだ。
そうこう話す内に自警団がいる場所にたどり着いた。ライが荷物を運び込むあいだに責任者らしき人に話をした。
「……という訳なんです。指摘をしてから直ぐ様逃げ出した様子を考えると、恐らく図星だったのだと思います」
「なるほど……ご協力ありがとうございます。失礼でなければお名前を」
「……こういう者です」
何かを警戒している訳ではないが、素性が不特定のライの存在が気になって声に出して名乗ることはしなかった。
ぼったくりをされた話の信用度をあげるためにも、見た目は平民に近い格好でも本名を名乗ることにした。幸いにも公爵家の者だと証明する物を持っていた為、それをこっそりと提示した。
ただ紙に書いて名乗ると、責任者は驚く様子を見せながらも、静かに頷いた。そしてもう一度私達に協力に対する感謝を告げた。
一礼してその場を離れると、自警団の人からもらった紙にスノードームの作り方と材料をできるだけ細かく記した。
「どうぞ。作り方の部分にはわかりにくい箇所もあるかもしれませんが」
「いや充分だ。ぼったくりと言い、このメモと言い、君は凄く親切なんだな」
「親切……かはわかりませんが、ぼったくりに関しては自分の好きなものを馬鹿にされたような気がしたので。あまり深い意図はございません」
(そっか、今の格好なら見返りを求めている人に見えるかもしれないよね。言葉は慎重に選ぶ必要がありそう)
好意を感じさせない無機質な笑顔を貼り付けると、ペコリと頭を下げた。
「それでも助かったのは事実だ。お礼と言ってはなんだが、このあと時間はあるか?」
「……大変ありがたい申し出なのですが、私は婚約者のいる身ですので、お断りさせていただきます。それに、先程も申しました通り、お礼をされるようなことはしていないので。お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます」
「……そうか」
「はい。ではこれで失礼致します」
「あぁ、本当にありがとう」
ペコリと頭を下げると、そこで別れることにした。少し失礼だったかと気にしながら、アンティーク店へと戻っていった。
(今はもうレイノルト様という婚約者のいる身ですもの。行動には気を付けないと。……レイノルト様に誤解されたくないし)
そうレイノルト様を思い浮かべながら、自然と笑みを浮かべるのであった。
◆◆◆
〈ある自警団員の視点〉
城下町というのは他の場所に比べたら圧倒的に治安の良い場所であった為、今日訪れた二人組の話はあまり信憑性の高いものに感じられなかった。
しかし、女性側の身分はあのエルノーチェ公爵家だった。紋章を目にした瞬間驚きのあまり思考が停止したが、それに加えて品のある振る舞いは本物だと認める充分な理由だった。
(……確か、エルノーチェ家の末っ子はわがままという噂が長年存在した。けど、最近になってそれが嘘だと言う噂が広がった。以前聞いた噂が、わがままで癇癪持ち……だったか? それにしては随分とかけ離れた姿だった。その噂が嘘と言う話の方が真実だと思うな)
何がなんだかよくわからないまま噂を適当に流していたが、彼女の服装や行動そして振る舞いは、後者の噂の方が該当すると言えるだろう。
(問題事に遭遇しても、目を背けず指摘までするご令嬢なんてなかなかいない。……我々に協力的だった姿も好感を持てる)
改めて話を聞いたときにまとめた記録を眺めながら、現場を想像した。
(そもそも、指摘の仕方が素晴らしい。見ていたわけではないが、堂々とした立ち振舞いだったのだろうな)
自分はあくまでも貴族の端くれで、エルノーチェ家とはかけ離れた存在だが、同じ貴族としては尊敬に値するほど、彼女の今日の行動は本当に素晴らしいものだと言える。
彼女に敬意を感じながら、仕事に取り組むのだった。